36.過去、そして未来





「だって、クラウは次の王様になるんでしょ?」

――そうだ。ここは俺の国になる。
  いずれ来るその時。俺はこの国を・・・




「こんなひどいこと、いつかこの国からなくして下さい。」



突然、誰かが呟いた言葉が脳裏によぎった。



――カレルだ。

クラウドは胸の中で自答する。
いつだったろうか、ずっと昔。
ムラ一つ焼き尽くすほどの、大きな火事が起こったあの日。

まだカレルは神官ではなく、街の中で比較的自由に暮らしていた。
その頃、赤の街は居心地がよく、クラウドにはいい遊び場だった。
その日も気まぐれにカレルのところへ遊びにいこうと思っていたのだ。

しかし、クラウドの姿を見つけたカレルは血相を変えてこう叫んだ。

「火事がっ!!はやく、あなたの力なら何とか・・・っ」

街の人々は自分達に被害がないとわかると、まったく知らないふりをしているという。
そんなことがあるか、とクラウドは憤った。
なぜ、人がいることを知っていて見殺しにするのか。


しかしこの頃のクラウドは一つの軍隊も所有しておらず、護衛が絶えずついているだけだった。
そして火事ときいてその護衛達がとった行動は、大切な王子を宮殿に送り返すことだった。

無理やり馬車に乗せられる直前、放心したようにたっていたカレルは言ったはずだ。


「あなたなら、変えてくれますか?」


強い意志を込めて、短く頷いたクラウドをみてカレルは少し、表情を和らげた。
けれど、その絶望を目の前にしたような深い悲しみをたたえた彼の目を
今でもクラウドは忘れることができない。

そして、その約束で現状が変わるわけなどない。
ムラはやはりあの火事で燃え尽き、生き残った者は僅かだ聞いたクラウドは
自己満足にすぎない約束の不確かさが、ただ悔しくてならなかった。


その一件の後からだ。
それまでもクラウドの言葉はカレルの絶対だったが、
それ以上に、彼が自分の本心から望んでクラウドに付き従うようになったのは。
少なくとも、クラウドはそうとらえていた。

いつかきっと来る、その日を待ち望んで。





「俺が。」

長い沈黙の後、少し掠れた声で繰り返したクラウドに柚有が反応する。

「そう、でしょ? この国の人達を守るのは私じゃない。クラウだよ。
 この国の人、全員をいずれクラウが守るんだよ。」

クラウドは、愕然とした表情で柚有を見つめざるを得なかった。
あの日から、クラウドは必死にこの「国」と向き合ってきたつもりだった。
けれど、それはいつからか方向が少しずつ変わっていた。
平和であることは、大きな戦争が起こらないこととイコールではない。
「力」という武力を武力で抑えて成り立っている平和は、果たして自分が目指していたものか。
そして、最大の誤りは「街」にいる人々の様子しか見えていなかったこと、
いや、見ようとしていなかったこと。

これから、何が起こるのだろう。
分からない。けれどもうクラウドには、柚有の言動に対して首を横にふるつもりはなかった。

ただ、見届けようと思った。
そして、その後を引き受けよう、と。
どんな信じられないことが起こったとしても。
 




「なんだよ、あっけないな。もう陥落かよ。」

つまらなそうに言ったリドを柚有が軽く睨む。
そんな様子をみるとクラウドはやはり何か釈然としない気分だったが、もうそれどころではない。

「あの大仰な軍隊、どうすんだよ。」

目の前の少年の軽口にも、クラウドは反応できなかった。
言い返さないクラウドをみて軽く肩を諌めると、リドは心を決めたように言った。

「じゃ、俺は消えるとするか。」

「え?一緒に行くんじゃないの?」

柚有がきょとんとして聞き返す。

「ほんとはさ、お前のところ戻れなんて言われてないんだ。」

「それは・・」

――知ってたけど。

柚有は言葉を濁す。それは初めからわかっていたがそれではどうするように言われたのだろう。

「どこかに行けって言われた。」

「どういうこと?」

「もうすぐこの国から「力」は消える。
 あなただって、ムラの人たちだってもうすぐ同じになる。
 もう一度、普通に暮らしなさい。だってさ。」

リドは軽く肩をすくめて見せた。

「お役ごめん、ってやつだな。
 でも素直に従うのもなんだからさ、最後にお前の顔でも見ていこうと思って。」

そこは本当らしい。
彼らしくない、どこか照れたような口調でリドは言った。

「リド・・・」

「でも楽勝に事が運んでるんだし、俺ももう納得したから。行く。
 お前らも早く行けよ。」

「でもっ。リドだってあんなに・・・」

「お前はわかってねえなあ。だからこそ、だろ。・・・ミユキが、言いたいのは。」

もう降参してるんだ、と笑ったリドは、いつまでも動こうとしない柚有の手を引き
クラウドの隣まで連れて行く。

「はやく、行け。いつまで待たせんだ?」

リドの声に、柚有はようやく頷いた。

「リド、ありがと・・・ばいばい。」


微笑んだ柚有をみて、もう一度にかっと笑ったリドは柚有の頬に軽く口付けを落とした。

「ちょっ・・・!?」

柚有だけでなく、隣にいるクラウドまでぎょっとしているのを確認すると、
リドはしてやったりという満足げな顔をした。

「じゃあな。」

ひらひらと手をふりながら歩いていく後ろ姿に、柚有はもう一度呟いた。



「ほんとに、ありがと。」







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