35.決着 (2)






昨日の晩、声が突如柚有の耳に響いた。
重々しく威圧するようなその深い声は、
確かに、神殿で初めに聴いた声だった。

そしてその声は、ゼーダと名乗った。

「あなたが、ゼーダ。」

「ユウ、やはり汝は我が思ったとおりの人間だった。
 汝のおかげで、ずいぶん長い間願っていたことが実現できる。」

柚有の気のせいかその声は嬉しそうでもありどこか寂しそうでもあった。

「その時が来ればもう我はこの世界に留まる必要はない。神殿とともに消えるのみだ。
 そしてユウ、汝も帰る期限が迫っている。」

「あ・・・、そっかルーンが。」

「ちょうど明日、弾けるやも知れない。神官らの儀式では間に合わないだろう。
 我が消える前に、お前を元の世界に帰す。いいな?」

少し前までは、即答できるはずだった。
けれど、今の柚有にはすぐ答えることができなかった。

「汝は、この国にいわば奇跡を起こすのだ。
 しかしその結果は、すぐに人々の幸福に直結するわけではない。
 わかるな。」

わかっている。
柚有がゼーダの力を使ってこの国から人々がもつ「光の力」をなくせば
混乱、戸惑い、様々なものがこの国を襲うだろう。
平穏など、ずっと先のことなのかもしれない。

「汝はここに残るべきではない。」

それは柚有の意志を訊ねているのではなく、ゼーダからの命令だった。
そしてまもなく声は聞こえなくなった。

――帰るんだ。


まだ信じられないような気持ちで柚有は今日を迎え、そしてここに立っているのだった。







「ユウ、一体どういうつもりだ?俺たちがどれほど・・・っ」

「どれほど、何だよ。心配したか!!ってか?」

ここぞとばかりにクラウドをおちょくろうとするリドの腕を軽くひき、柚有は目でやめるよう諌める。
リドはその視線をしっかり受け止めてにやりと笑い返し、クラウドへと向き直った。

「どれほど世話をしてやったか忘れたのか。だ。
 無知な奴の短絡的な計画にのって裏切るなど・・・。恩知らずもいいところだ。」

2人の様子が妙に気に障り、クラウドの声は低くなる。
しかし、柚有の無事な姿を自分の目で確認して、本当は安堵でいっぱいなのだ。

そして、その存在を自分がどれだけ必要としていたか、今更気づかされる。
クラウドはまた少しやつれたように見えるその顔を、いつかのように強い意志を取り戻した黒い瞳を、
凝視しないように気をつけなければならなかった。

柚有から目が離せない。

リドの言うとおりクラウドは何よりも柚有の無事を心配していたのだ。

「本当に、ごめんなさい。」

柚有が、初めて口を開いた。

「でも私はもうあなた達のところ、クラウのところへは戻れないから。」

それは、分かりきっていたことだった。
けれどそれを改めて確認したところで、この先一体何の話をすればいいのか
クラウドには見当がつかなかった。


「この国を守ってくれって、平和にしようってクラウは言ったよね。」

クラウドの困惑を見透かしたように、柚有は話し始める。

「今でもそれ、忘れてないよ。」

柚有の言葉にクラウドは怪訝な顔をする。

「だったらっ」

――だったら、なぜ自分のもとを離れたのか。

クラウドには、柚有のしていることがわからない。
いや、分かろうとしていないだけなのかもしれない。
きっと自分が長い間見過ごしてきた現実を、柚有はみているのかもしれない。

「でも、クラウたちのやり方じゃ出来ないって気づいたんだ。」

柚有の言葉にクラウドは自分が、いや自分達が今まで忘れていたことを
思い出しはじめていた。

「選ばれた者達だけがもてる特別な力に頼ってちゃだめなんだよ。」

特別な者。
それは力を、しかも強力な力をもって生まれた自分達に他ならない。
自分が言わんとしていることを、クラウドがつかめていると悟ったのか、
柚有はせまるように続けた。

「この国の街とムラのあれほどの差。本当に一度も理不尽だと思ったことがないの?」

「ねえ、クラウ。ほんとに一度も思ったことないの? こんな力はいらないって。」

見上げて、見つめられているその瞳の強さに、目がそらせない。
いつもこんな風に相手を気圧すのは、自分だったはずだ。
まだ少女でしかない柚有に、なぜ一言も言い返せないのか。

「思ったら、どうだっていうんだ?
 いくら王家に生まれても、どうにも出来ないことはある。」

やっと話しだしたクラウドは、自嘲気味にそう言った。

「できるよ、今なら。クラウもわかるでしょう?」

――できる、のか・・・?
  コイツの、ゼーダの力があれば。

柚有の強い瞳の輝きに魅せられたように、クラウドはそう思っていた。

「変えようよ。私達で。」

――できるかもしれないな。コイツになら。

「クラウが変えるんだよ。」

――俺が?

「だって、クラウは次の王様になるんでしょ?」








前へ  indexへ  次へ