34.決着 (1)





「一体なんの騒ぎだろうね・・・。」

王都ブロンはいわば都会である。
多種多様な人々が入り乱れ、混沌として活気をもつ街の様子は
常日頃からだが、しかし今日は何かが違う。
この街で生まれ育ち、そして今は静かに死を待つほどの年齢になった
老婆にも覚えのない空気だった。
外の喧騒は混沌というより単なる混乱であり、
外気が漂わせるのは活気というよりむしろ、殺気。
ここ最近不穏な噂がいくつも流れていたが、それらすべてが単なる憶測というわけでもなかったらしい。

――クラウド様はまた、行きなさるんだろう・・・。

10年前、老化で日常の仕事がままならなくなるまで彼女は長らくクラウドつきの女中だった。
身の回りの世話は女中の仕事ではあったが、果たして「心配すること」も仕事のうちなのだろうか。
思わずそう考えてしまうほど心労を重ねたことが幾たびもあった。
積極的かつ行動的に王子としての仕事に取り組む彼の姿は好ましく、頼もしいものだったが
危険も、時にはその身さえ顧みない彼の行いゆえ、彼の側近達は片時も油断を許されなかった。
それでも、女中の退職の年齢を17もうわまって長い間彼の傍に仕えたことは彼女の誇りである。
引退の5年ほど前からは、これといった若い女中を傍に置き、仕込んだ。
その1人がロアだった。


「どうか、ご無事で。」

その昔どこにいったやらわからない王子へ向け、何度呟いたかしれないその言葉を
老婆は静かに口にした。










紫の神殿の中央の間、祈りの間と呼ばれる場所で柚有は1人佇んでいた。

「無事で・・・。」

「誰のこと?」

誰に聞かせるつもりもない、遠い場所にいる人へ向けたはずの言葉に
思いがけない問いがかぶせられる。

「リド?」

柚有は、驚いたように目を見開いた。
それもそのはずだ。
計画通りならば、リドは未幸とともに光の神殿へ向かったことになっている。

「今の、俺のこと?」

リドはからかうように柚有の目を覗きこんだ。

「なんで?!もうとっくに出発したはずじゃ・・・」

リドがここに残るのは、目立ちすぎた。
柚有の存在は、まだ広くは知れ渡っていない。
赤の街ロットでの一件も、噂ではクラウドやカレルの力だという見方が圧倒的だ。
柚有にゼーダの力が受け継がれたことや、彼女が異世界からきたことを知る者、
いや信じる者はほとんどいない。
彼女がここにいて、不審には思われても警戒されることはまずなかった。
どちらにしろ、クラウドがくるまでこの安定した状況がもてばいい。
しかしリドは別だ。
彼にとってここは初めて訪れた場所ではない。
知り合いと呼べるかどうかは別だが、彼の力の大きさを知っている者は多い。
クラウドらが街に辿り着くまで、人々をあまり刺激したくなかった。
本番は、彼らがここに来てからだ。
リドがいては騒ぎがおこってしまうかもしれず、不都合のほうが多い。
だから、リドは未幸と一緒に行くと自らいったのだった。

「お前の子守を頼まれた。」

「・・・は?」

「だから、偉大なるレグラ様にやっぱりユウをよろしくと追い返されたんだ。」

真面目な顔つきだが、発する言葉はいちいちおどけている。
柚有は、しらけた目つきでリドの顔をみた。
リドの言葉をまったく信じていない。

「嘘じゃないからな。」

まったくどうでもいいような口調だった。
信じていない柚有をどうにか信じさせようなどとは少しも思っていないらしい。

「・・・バカじゃないの。」

「それがわざわざ駆けつけた優秀なボディーガードにいう言葉か。」

「何のため?」

「お前を守るためだ。」

ふざけている。
柚有は降参のしるしに大きくため息をついてみせた。
彼が意識的に隠すなら、リドの真意はそう簡単にはつかめないだろう。
それに今更リドが引き返すとも思えない。

「その真っ赤な瞳、見られないように気をつけてよね。」

精一杯素っ気無さを装った声でリドにそう言い放ち、柚有は神殿の外へと向かう。

「素直じゃねえなぁ。」

ぽつりとリドが呟いた言葉は、しっかりと柚有の耳に届いていたが
構わずに柚有はさっさと歩く。
はやく行かなければならない。クラウドの軍隊を、街の入り口で待ち受けるのだ。

街の中を、未幸の残していった護衛の案内で歩く。
柚有の背後で、リドはさりげなく人々の視線を避けながら歩いていた。

――助かった。

柚有はもちろん、リドが来たことを喜んでいた。
知らない街に1人残されて、居心地の悪い、異様な空気にのまれそうだった。
柚有はこれからクラウドにすべてを話し説得する役になったのだが、あの状況のまま
クラウドの顔を見たら何もかも忘れてそのまま駆け寄っていってしまいそうなくらいに。
リドが傍にいれば、「クラウドが」何を言ってこようとも、自分の信念を曲げずに済みそうだ。
柚有はようやく強い気持ちを取り戻すことができた。
そう、例えばこの世界のため、クラウドらのために力を使おうと決めた、あの朝のように。

リドがいて、よかった。

ただそれを言葉にしてリドに伝えるつもりはない。すべて見抜かれているからこそ、だ。









純白の神殿の前に、漆黒のドレスを纏った女がたっていた。
門番をする兵士が怪訝な顔をしてこちらを見ている。
この神殿は、この国で最も神聖な場所。
一般の者、ましてや力を持たぬ者が入れるわけがない。

――紫の神殿とはわけが違う。

未幸は、いつも紫や赤や青の腕輪をした者、ムラから逃げてきた者で溢れている
紫の神殿の広間を思い出して、笑った。
未幸は待っていた。
目の前の大きな扉が開くのを、ただ静かに待っていた。










「ユウ、か。」

隣は、あの・・・ガキ。

街の前に立ちはだかっている「子供」がいると偵察にいった兵士が報告した。
近づいてみれば、それは探しに探してやっと居所をつかんだユウだった。
隣にあの少年がいるならば、やはりユウはこちらに戻ってくるつもりはないのだろう。
それでも、無事な姿を見て安堵した自分をクラウドは奮い立たせるように声をあげた。

「ここで一時待機だ。」

もしアイツが相手なら、やはり「話す」しかクラウドに選択肢はない。
セラウドはこの状況を見越していたのかと思うとなんだかバカらしくなった。

――何も言わず消えたユウと今更何を話せというのだろう。












セラウドは、未幸が「ここ」に来るだろうと踏んでいた。
そして彼女が来たら、自分が外にでて話せばいいと思った。
しかしいざ扉の前に佇むミユキの姿を見ると、彼女を中に入れなければならないように思えた。
どうしてかは、わからない。
入れてはならぬはずだ。ここには王族とわずかな選ばれた者しか入れない。
ミユキは力さえもっていない。
しかし、このままセラウドが外にでても何も変わらない。
・・・何を変えようとしているのか。
いや、何かを変えようと、起こそうとしているのはミユキたちのほうだ。
一体何が目的なのか。

――ミユキには、かなわない。

セラウドの頭の中はミユキの姿を見つけた瞬間に混乱して、
もういつもの半分以下の働きしかしていない。
窓からもう一度未幸の姿を確認したセラウドは意を決したように階下の扉へと向かった。












柚有の視界に映るのは、大きな軍を離れ一人でこちらへ歩いてくるクラウドだった。

「あいつも、バカだな。」

あきれかえっているリドの言うとおり、これでは何のために兵士達を連れてきたのかわからない。
クラウドのまわりには護衛さえついていない。

「ああいう人なんだよ。」

柚有は、けらけらと笑った。

「私達とちゃんと話してくれようとしてる。」

笑いながら、柚有は前へと歩き出した。
すぐそこにいるクラウドに、伝えるために。
この街の人々の、ムラの人々の、苦しみを。この国を「地獄」だという人々の声を。
ゼーダの、そして自分自身の志を、わかってもらうために。


「久しぶりだね。・・・クラウ。」












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