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37.終焉と始まり








セラウドは、ゆっくりと光の神殿のドアを開けた。

「ミユキ。」

そう呼ばれて、柔らかく微笑んだ未幸は優雅に一礼する。

「・・・入りなさい。」


ドアの脇にたっている衛兵がその言葉にぎょっとしてセラウドをみる。
口出しをせぬよう、目で兵士達に合図すると、セラウドは未幸を光の神殿へと招きいれた。
そしてゼーダの腕輪の前にたつと未幸はなぜだか少し切なそうにそれをみた。

「きっと、もうすぐ。」

呟いた未幸に、何が、とは聞き返せなかった。
セラウドにも見当がつきはじめている。
未幸・・・レグラが、いや、ゼーダが何をしたいのか。

「なぜ、もっとはやく話してくれなかったのですか?」

「私だけでは、ダメだった。私だけではこの国を動かすなんて無理。
 だから時間が必要だった。」

少し自嘲気味に笑った未幸に、さきほどの切なそうな表情がリンクする。

「ゼーダは、ずいぶんと自分勝手な男のようですね。」

意外すぎたセラウドの言葉に、未幸は眉をひそめた。

「ゼーダは柚有のような少女が来るのを待っていたのでしょう。
 あなたではダメだった。それなのにあなたが彼とその意志に縛られていた時間は、長すぎる。」

「違う、それはっ・・・」

本音だった。自分が柚有のような役になれないことを察してからも
未幸はゼーダのやり方を不愉快だと思ったり、憎いと思ったことなど一度もなかった。
ただ、この国のすべてを見せつけられて、ゼーダの思いに共鳴してもなお、
重要なことは何一つ手伝えない自分が悔しかっただけだ。

未幸の思うところが分かったのか、セラウドは少し納得したような表情を見せた。
が、次の瞬間には苦笑が浮かんでいた。

「ますます、妬けますね。」

「・・・え・・・」

ますます意味が分からないという顔をした未幸に、セラウドは苦笑を深める。
それは苦い思いを押さえつけるような、そんな笑い方だった。


そして未幸が何か言おうと口を開きかけると、光があたりを照らしはじめた。
光その中からでてきたのは柚有とクラウドである。

「随分派手な登場だ。」

言葉に反してまったく驚いた様子もないセラウドを見て、未幸はこの人がもう
大体のところを知っていることを悟った。


「ユウ、やっと帰ってきましたね。」

懐かしいセラウドの微笑に、柚有は思わず心から謝罪したくなってしまう。
心配をかけたことを。それ以外のすべてのことを。

「セラウドさん・・・ごめんなさい。」

その言葉に、その場にいた全員が何ともいえない笑みを浮かべる。

「私達からすれば、面倒をかけてすみませんでした。というところでしょうか?
 ユウにも、・・・ミユキにも。」

柚有はどう答えていいかわからず、曖昧に笑いながら首を振った。
そして、4人は改めてお互いの目を見つめた。

この4人がここにこうしている理由。



ここはこの国の神殿の頂点、いわば力の集結する場所。

そこに、力の象徴である最高位の神官。

外からやってきて、事の発端をおこした者。

それに終止符を打つべく、やはり外からやってきた者。

そして、この国の今後を担う王子。



「役者は揃った。ゼーダ、いるんでしょ?」

未幸の声に答えるように突如純白の光が現れる。

銀白の髪に、中世的な美しい顔立ち。
柚有の目の前にまさにゼーダその人が立っていた。

「この国は初めから、間違っていた。」

静かに低く、けれど唐突に話し出したゼーダに4人は意識を集中させる。

「我が、間違った。力など、あの時葬ることもできた。
 それをしなかったのは私の単なるエゴだった。」

誰もが一瞬怪訝な顔をしたのだろう、ゼーダは付け加えた。

「最強と謳われたこの力を失いたくなかったのだ。
 そして、力をなくした我に人々が本当についてくるかどうか、自分自身を信じられなかった。」

そこで言葉を区切ると、ゼーダは2人の兄弟のほうを向いた。

「セラウド、そしてクラウド。汝らが光の力をなくしたこの国を支えるのだ。
 人々の絶望を、どうか受け止めてくれ。」

2人の目にそれぞれの決意を確認すると、ゼーダは満足げに頷いた。
そして柚有に向き直る。

「ユウ、よくここまでやってくれた。これが、最後の仕事だ。」

柚有は小さく頷くと、差し出されたフルートを構えた。
フルートの音色は、ゼーダの力を最大限まで引き出すだろう。


――そうすれば、終わりだ。


とてもとても長い時間、この国でこの人たちと一緒に過ごした気がしていた。
本来自分がいるべき世界のことは、はじめの頃が嘘に思えるほどどうでもよくなっていた。
自分の役目がある。
自分が必要とされている。
いつのまにかできていた自分の居場所から、信じられないほど離れがたい。
それでも。
帰ると決めたから。

自分を絶望から救ってくれた少年は、もう先に新しいほうへ歩き出している。
きっと、またいつか会えると信じてくれているだろう。


セラウドは恐らくもう気づいている。柚有の選択に。

未幸は、私は帰らない、と言った。
本当は帰れないんじゃない。帰らないのだと。
――ここ以外、居場所がないから――
そう言って、彼女は寂しげに笑った。


クラウドはどうだろう。
クラウドは・・・
初めは軽くからかうような口調とは反対に、冷たい目をした人だと思っていた。
いつからだったか、自分をみるその目はいつも罪悪感と迷いと、そして優しさに溢れていた。
きっとここで、私を一番大切に思っていてくれた人。

もう二度と会えなくなる。わかっているけれど、なんと言っていいかわからなかった。


――でも、それでいい。

何かを言おうとすれば、しまいこんだいろんなものがでてきてしまう。
それならいっそ、別れの言葉なんていらない。


何かをふりきるように、柚有は一度きつく閉じた瞳をゆっくりと開けた。
静かにその冷たい銀色の楽器に唇をあてる。
息を送り込んだ瞬間鳴りだしたその音は、柚有が想像したよりも遥かに美しかった。
自分の紡ぐ音色に満足してわずかに顔を綻ばせると、
柚有はもの悲しい、けれど暖かいメロディを紡いでいった。




柚有を中心に溢れる純白の光に、まずゼーダの姿が溶ける。

次に、国の四方に散らばった4つの神殿で、力の象徴となっていた腕輪が消えた。
それに続くように人々の腕輪の光も溶けあうようにしてなくなっていく。

すべての人々の腕輪の石が、何の輝きももたないプラスチックのようになった頃。
重なるようにしてルーンははじけ、世界は紫に染まった。




そして。

異世界からやってきた一人の少女は、この世界から姿を消した。



このゼーダ国に、ある種の絶望と困惑と混乱と、一筋の新しい光を残して。









【完】


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