32.疑念



「私に、一体どうしろと言うのでしょうね・・・。」

すでに、日が傾きかけている。
ドアの向こうや庭が騒がしいのは、柚有の居場所が闇の街だと知って
愕然としたクラウドが兵を動かそうとしているせいだろう。
長い手紙を読み終えたセラウドは、放心したように
ただ目の前の絵の中で微笑む少女を眺めていた。








どこをどう探しても一向に掴めなかった柚有の居場所がしれたのは、その日の午前中だった。
といっても、それを王都ブロンへ伝えにきたのは必死になって走り回っていた兵士達ではなく
紫の街ペルドの使者だ。
しかも彼がもってきた手紙は王やクラウドではなく、セラウドに宛てられたものだった。
その厚い封筒をどうしたものかと思案したのも束の間、
セラウドはクラウドにはその存在を内密にさせ使者を送り返していた。

気づいてしまった。

むこうにしてみれば、初めからそれが目的だったのだろう。
封筒を裏返して目に入ったのは、柚有の名でも、闇の力の統率者だとしれたレグラの名でもない。
ただ一つ隅のほうに、絵のような記号のようなものが紫のインクでごく小さく、かかれていた。

「ミ・・・ユキ・・・?」

それはかつて会うことがままならなくなり、長い手紙を送りあうようになった時、
彼女が使っていた印だった。
他の人に気づかれないように、と悪戯っぽく笑ったミユキの顔が頭をよぎる。
まさかとは思いつつも、二人以外は知りえないその印に妙な胸騒ぎを感じ、
なりふり構わず自室まで戻るとセラウドはすぐさま分厚い紙の束をとりだし読み始めた。

そこに綴られていたのは、想像も絶するほどの内容だった。

まず、几帳面に綴られた懐かしい字をみてミユキが生きていることを確信しえた瞬間、
1つの文が目に入った。

―今の私は、レグラと呼ばれています。

セラウドは息を飲んだ。
レグラ。つい最近になってやっと掴んだ闇の統率者の名。
この国を、王都を揺らがせている張本人。

「まさか?!」

それからは、むさぼるようにその長い手紙を読んだ。
読むほどに感じたのは、それがレグラという統率者から、神官へ宛てられた手紙ではなく
セラウドがよく知る「ミユキ」からの手紙であるということだ。
今、2人はまったく正反対の立場にたっているはずだが、
彼女の言葉に敵対するような印象は見受けられなかった。

――クラウドさんに宛てるには内容が過激すぎるでしょう。
  余計な混乱がおこらないように、どうかあなたから説明してもらえることを願っています。

そんな冗談めいた文さえ含まれているほどに。
しかしそこに書かれていた真実は、セラウドでさえ受け入れがたいものである。

――買いかぶりすぎだ。

昔、ミユキによく言った言葉をセラウドはぼんやりと思い出していた。


そして告げられた事実の重さと大きさで混乱する頭の中で、浮かぶ疑問。

――ゼーダとは、一体誰なのか。

この国の創始者にして、最高の戦士でもあった彼の巨大な力。
今は柚有が引き継いだとされるその力は、何のために残されたのか。
ミユキの手紙の内容が本当ならば神殿で眠っているとされたゼーダの魂は
とっくに目覚めていて国中を彷徨っていたことになる。
セラウドには、そのことが驚くというよりも不気味にすら思えた。
ミユキの説明はとり方によっては、まるで自分達王家や神官達が
ゼーダにとっての敵でさえあるように思える。
ゼーダが、仮にも白の力を使いこなしていた者が今度は紫の力を選び保護しているのだ。

何故なのだろう。
柚有も、あの赤の少年も、大きな力を所有する者達ほど紫の力に引かれていってしまうのは。
そして、その頂点にたつのが何の力も持たないミユキなのは。
何故だろう。

まもなく、クラウドはペルドへ攻め込むための許しを王から貰い受けるだろう。
柚有・・・ゼーダの力の持ち主の奪還を理由に、大きな戦闘が始まるかもしれない。
それを防いで欲しいと、まず話をさせて欲しいというのがミユキの頼みだった。
その戦闘で殺される人々に何の罪もないのだから、と。

それは1つの大きな街を治める者の言葉ではない。
それをわかっていて、未幸はセラウドにいわば仲介を頼んだのだろう。

しかし、この話には不自然な点が多すぎた。
第一、王都の軍に攻め込まれ犠牲を払いたくないのなら、柚有の居場所を
わざわざ知らせるような真似をする必要はない。
それに、闇の勢力が王都を乗っ取ろうとしているという噂は既に事実となっている。
そんな者達の言葉にしては、あまりにも生易しい印象が拭えない。

そこにいるのはミユキなのか、罠を仕掛けようとするレグラなのか・・・。

普段の冷静さを完全に欠いたセラウドは、判断しかねていた。












前へ  indexへ  次へ