時折、声だけの夢をみる。

――未幸っていう名前はどの未来の瞬間も未幸が幸せで
  いられるようにってつけたのよ。

そう言って穏やかに微笑んだはずの母親の顔は、もう思い出せない。
代わりに、この話を聞かせたら優しく微笑んでくれた
あの人の顔がどうしても忘れられない。
これからのどの未来も、一緒にいようと約束してくれたあの人の
暖かい声を今でも大切に覚えている。


あの人は今、どうしているだろう。
闇の力の統率者である私が、ミユキだということを知ったらどう思うだろう。
驚く、怒る、・・・悲しむ。
それでも生きていて、逢えて嬉しいとほんの一瞬だけでもいい、思ってくれるのだろうか。


二度と逢わないと、とっくに覚悟は決めたはずだった。
けれど今、その時が迫っている。





31.  悲しい約束


「まず、なぜあなた達がこの場所にこれたのか説明するわ。」

あまりの驚きに声もでないリドをそのままに、未幸は話し出した。

「柚有さん、リド、あなた達はゼーダの意志を確かに受け継いだ。
 だからこそここを見つけられた。」

「ゼーダの、意志?」

柚有は怪訝に問い返し、首を傾げる。

「それって、闇の力が再びこの国を脅かし始めたら今度こそ封印されていたゼーダの力を
 使って紫の力を消すことですよね?それだったら私達は・・・」

「違うの。」

未幸の凛とした声が薄暗い部屋の中に響いた。
リドがその言葉に反応する。

「何が違うんだ。」

「何もかも。ゼーダの後継者達は、いつのまにか自分達の都合がいいように真実を捻じ曲げて
 しまった・・・。」

「何でそれがあんたにわかる?」

統率者レグラを前に、あまりの言葉遣いをしていることに気づいたリドは一瞬視線を泳がせたが、
特に気にしていない様子の未幸を確かめると、そのまま続けた。

「本当のゼーダの意志なんて、本人にしかわからないだろ。」

「その本人に、聞いたから。」

「本人?!」

「未幸さんもゼーダに会ったんですか?!」

「私が今生きているのは、ゼーダのおかげ。」

未幸は少し寂しそうに笑った。

「生かされてるって言ったほうが正しいのかもしれないけど。」

そして未幸は淡々と話し出した。
この世界に来て、セラウドに出会ったこと。
その頃はまだ彼は神官ではなく、互いに惹かれあったこと。
やっとのことで帰ることができる方法を見つけ出したのに、帰らなかったこと。
その後、ルーンがはじける日が来ても帰ることができなくなってしまったこと。
そのうちに、セラウドが神官に指名され、未幸に対する王の目が更に厳しくなったこと。
セラウドが、神官になることを未幸のために渋っていると判断した王に、殺されそうになったこと。
・・・今王やセラウド達はミユキが死んだものと思っている。
実際は、王の使いに崖で追い詰められそこから落とされた瞬間、
白い光が未幸を包み、この部屋へ連れてこられたこと。

「セラウドさん・・・だから私にあんなに関わるなって・・・。」

柚有が沈んだ声で呟く。
何度も、何度も、セラウドは無事に元の世界に帰ることを最優先しろと柚有を諭していた。

「それでも、彼があなたを止めることはできなかったと思うけどね。」

未幸が皮肉げに笑う。

「あなたがこっちの世界にきて完全に力を得るのは、ゼーダの望みでもあったんだから。」

柚有は、その言葉の意味を探るように未幸を見つめ返す。

「ゼーダは、あなたのような人を待っていた。私では、だめだった。」

未幸は、静かにそう言った。

「だめだったって・・・」

「ゼーダは、はじめから他の世界から来た者にその力を与えようとしていた。
 けれど私は、ゼーダの意向にそわなかった。力を操る才能はなかったみたい。
 でも私はそれでよかったと思ってる。・・・わかるよね。あなたは随分辛い思いをしたでしょ。」

柚有は、浮かびあがろうとする痛みをこらえるように唇をかみ、俯いた。
リドが非難するような視線を未幸に向ける。

「そのかわり、私はゼーダの計画が実現するよう彼の命令どおりに動く人形になった。
 闇の力の統率者になったのもそのため。」

「ゼーダは一体何をしようとしてるんだ・・・。」

リドの言葉に、未幸は意外そうに目を見開いた。

「あなた達が考えてることと、さほど変わらないはずだけど。」

「俺たちが・・・」

リドは他でもないこの、「レグラ」に協力しようと思っていた。
闇の者達のほうが王都の連中よりは、少なくともましだと考えたからだ。
ムラの人々を、救えるかもしれないと思った。
そしてそれに柚有を引き込もうとしたのが、昨日だ。

「ゼーダは、今度は紫の光にこの国を支配させるつもりなのか?」

「そうじゃない。もっと、大きなこと。そして破壊的なこと。すべてを解放すること。」

歌うような調子で、未幸が呟く。
破壊的なこと。その良からぬ響きに、柚有が眉をひそめる。
そして2人を見据えて未幸が発したその言葉は、信じられないものだった。


「この国から、すべての力を消し去る。それがゼーダの目的。本当のゼーダの意志。」


数秒の沈黙のあと、リドが微かに肩を揺らしはじめた。

「は、ははっ・・・そんなこと出来るわけ・・・」

冗談だろうと未幸の顔色を窺うが、真剣なその瞳は揺らがない。


「私がもらった、力で?」

黙り込んでいた柚有が、小さくけれど確信をもった声で言った。
リドは笑うのをやめ、となりにいる少女に視線をうつす。

「うん。ゼーダはあなたにそれを期待してる。」

未幸はそう言って立ち上がり、柚有と向き合った。

「決めて。私は明日、闇の街ペルドに戻る。あなたが納得するなら一緒に行こう。
 もうまもなくブロンの王がしびれを切らして軍をペルドによこすと思う。
 その時そこにあなたがいるなら、ゼーダの計画は実行される。」

「俺は3日やったのに、結局2日足らずの期限になったみたいだな。」

どうやら既に腹を決めたらしいリドが、いつもの調子で茶化すようにいう。
いつでも変わらないリドの決断の早さに、柚有は苦笑せずにはいられなかった。

「一晩、せいぜいよく考えるよ。」

その言い草に、今度はリドと未幸が苦笑した。











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