30.秘密








柚有とリドは、ゼーダとゴージュが戦ったという森を
あてもなく歩いていた。
前日のリドの柚有への申し出などなかったかのように、
2人の間の空気は自然だ。


「他愛無いと思ってる昔話ほど、真実に近いものはないな。」

柚有はリドが面白そうに呟いたその言葉に頷いて同意した。
2人の目の前には、濃い緑と岩に隠されるようにして、
地下へともぐるための石の階段があった。



リドが柚有に聴かせた昔話とはこうだ。
その昔ゼーダとゴージュが最後に戦ったこの場所の地下にゼーダは自ら小さな神殿を作ったと。
戦いに巻き込まれて亡くなったたくさんの魂を、そしてゴージュの魂をも眠らせるために。
そして彼は生前たびたびこの場所を訪れては祈りを捧げ、自身を戒めていたらしい。
二度とあのような争いを起こさせはしないと。
その場所はゼーダの死後、何らかの結界に守られるようになり宝探しを装った者や
悪事を企む者の侵入を拒んできた。

「その結界を解き、入り口に辿り着けるのはゼーダの意志を受け継ぐ者のみ」

これがいつしか噂されるようになった条件であり、けれど今まで誰一人、
その結界を解き階段を見つけたことはないというのが昔話となって語り継がれる所以だ。
ゼーダの意志を「この国の魔力による支配」だと信じて疑わない者達は
深い森の中、件の階段を探し求め歩きまわることになっていた。

その階段を見つけることができるのは、選ばれた者達だけ。


けれど柚有とリドはどうやら、稀有な存在として神殿の門番に認められたようだった。
結界がなければそこに辿り着くのはあっけないほど簡単なのだ。

「・・・真っ暗。」

「行くぞ。」

階段の4段目から後は暗い闇が続くその空間を目の前に立ちすくむ柚有を気にも止めず、
リドはさっさと階段を降り始めた。

「っちょっと!」

思わず声をあげた柚有をリドが不思議そうに振り返る。

「なんだ、早く来いよ。」

「いや、えっと・・・ちょっと暗すぎない?なんか明かりとか持ったほうが。」

「なあ、まさかとは思うけど恐いのか?」

「違っ・・・ただちょっと暗いのが・・・。」

瞬時に赤くなった柚有の顔をリドは面白そうに眺めている。

「恐いんだ、暗いのが。」

「っていうか暗くちゃ中がどうなってるかもわからないじゃない!!」

リドの淡々とした口調に、たまらず柚有が叫ぶ。

「言われなくても中に入ってから明かりはだすつもりだったけど?」

「っ・・・・!!」

柚有の見開かれた目と悔しげな表情に、リドは意地悪く唇の端を上げた。

「気が済んだか?さっさと行くぞ。」


赤い火の玉らしきものを器用に操りながら階段を下りていくリドを柚有は軽く舌打ちをして追いかけた。




しばらく進むと天井は大分高くなり、ごつごつとした岩肌もまるで床や壁のように平らになっていく。

そして現れたのは弱冠狭くなった岩にはめ込まれた厚そうな石のドアだった。
丁寧にも、取っ手らしきものまでついている。


「これ、人が住んでんじゃねーか?」

「やなこと言わないでよ。だってここに来れる人っていなかったんでしょ?」

「いやだって。」

言い合いをはじめた2人の前で、ドアがすっと開いた。
重そうな石のドアは物音一つたてず白の光に押されるように動く。

「おまえ!!」

白の光をみて瞬時に柚有のものと判断したリドが声を上げた。

「私は何もしてないって!!」

「「・・・・・・」」

リドと柚有は無言で顔を見合わせた。
豪奢な飾りや柔らかい布製のものは目に付かないものの椅子やテーブルなどが
きちんと整えられた、部屋と呼べるものがそこにあった。
一番奥には玉座ともとれる他とは異なる大きな椅子が設置されている。
そしてそこには黒いドレスを纏った若い女が座っていた。

2人を招き入れるように白の光がくるくると目の前で踊る。
中に足を踏み入れ進んでいくごとに若い女の顔がはっきりと見えてきた。
長い黒髪、白い肌・・・瞳は明かりに照らされると焦げ茶のように見える。
柚有はその顔立ち全体にどこか懐かしい雰囲気を感じ取った。

2人が女の目の前まで来ると、よく通る透き通った声が響いた。

「ようこそ、ゼーダの秘密の部屋へ。」

「あなたは一体・・・。」

「私は、未幸。」

「み・・・ゆき?」

柚有はゼーダの名が出たことよりも、その懐かしい名の響きに首を傾げた。
その肌が、黒髪が、何よりも柚有自身の直感が、彼女が日本人であることを告げていた。

「あの!!私は、柚有。柚子の柚に有るって書く・・・」

考えるよりも先に、思わず柚有は喋りだしていた。
日本人同士でなければ通じないその言葉の意味・・・。


「へえ、可愛いね。私は未来の未に幸いと書いて未幸。」

そう言ってにこりと笑った未幸に柚有は溢れる懐かしさと親近感を抑えられずにはいられなかった。

「リド、私この未幸さんと同じ世界の、日本って国から来たの!!・・・リド?」

柚有と未幸の一連の会話にリドが口を挟まなかったのは理解しがたい内容のためだけではなかった。
リドは、初対面であるはずの未幸の顔を食い入るようにみつめていたのだ。
怪訝そうなその表情の中には、微かに驚愕の色さえ表れはじめている。

そんなリドの視線を初めて受け止めた未幸は、皮肉げに笑みをつくった。

「柚有さん、私ねもう一つ名前を持ってるの。」

そう言われても柚有はピンとこない。

「今、この世界の人の大体は私をレグラと呼ぶの。」

「れぐら・・・?」

「レグラ。闇の力、紫の光を持つ者達を統率する者の名だ。」

静かに言ったリドの声は低く抑えられていたが、驚きのあまり見開かれた瞳は普段の彼ではなかった。
すべてが、回り始めていた。












柚有の行方を追わせた数人の兵士からの連絡はまだない。
日が経てば経つほどクラウドは以前にも増して、昼夜を問わず仕事をこなしていた。
まるでそうしていなければ何かが崩れてしまうかのように。
しかし、それだけの仕事があることもまた事実ではある。

「クラウド様、少しよろしいですか?」

そんなクラウドを見るに見かねて、カレルは1日に1度といわずクラウドを訪ねる。
もちろんカレルがクラウド自身を案じているからだが、柚有のことを考えまいとしている
クラウドの手前、何か用事や相談を持ちかけつつの訪問だ。

「ああ、なんだ。」

いつもと同じように平常と何ら変わりない口調だった。
しかし疲れどころか、カレルやセラウドにさえ不安な心を決して表にだすまいとするその努力が
カレルにはすぐに伝わってきていた。
けれど、クラウドの意向を無視するようなカレルではない。

「今、闇の者達を統率している者の名がわかりました。レグラと名乗っているそうです。」

柚有がいなくなってからというもの、カレルはクラウドがその話題を自分から口にするまで、
彼に案じる言葉をかけることを避け続けていた。
無論、会話はいつも要点だけを追って進む。

「レグラ・・・どのくらいの力を持っている?」

「それなのですが、力はもっていないそうです。」

意外な言葉に、クラウドの眉がぴくりと上がった。

「どういうことだ?」

「ですから、ムラの者のように力を持たぬ者です。
  それで、調査した者が興味深い噂を耳にしたそうですが・・・。」

「噂?」

「はい。レグラは女で昔は別の名を持っていた、と。」

「女・・・。しかし名はさほど重要ではないだろう。」

「しかしその名、なんとも聞きなれぬ響きを持っていたそうです。」

「何と言う名だ?」

「いえ、そこまでは覚えていませんでした。しかし何というか、
 まるでこの世界のものではないようだった、と。」

まるで、この世界のものではない。

その言葉が意味するところをクラウドは計りかねた。
ユウ・・・ユウは関係するほど長くこの国にいない。
あるいは、うろ覚えな名前の雰囲気など、それほどこだわる必要はないのかもしれない。
しかし、何かが引っかかっている。

――異世界から来た者・・・・?


クラウドの頭をあり得ないはずの答えが掠めていった。











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