29.夜明け








「クラウド様、少しお休みになられた方が・・・。」

遠慮がちではあるが、ロアの口調は提案というよりも命令に近い。
クラウドは、凄みをきかせはじめた年上の侍女に苦笑した。
もう2日間眠っていなかった。
けれど、クラウドはそれくらいでどうにかなるような鍛え方はしていないつもりだ。
それを知っているからこそ、ロアもしきりに休むよう声をかけているのだった。
肉体的にというより精神的な疲労がひどいことはクラウド自身も自覚せざる負えない。
ひどく、不安だった。


リドの底知れぬ瞳の赤

ユウが発した紫の光

今、2人が共に逃げ出したという事実

そして、ユウの居場所が知れないという事実


すべてがクラウドの心の内を乱していた。
そしてこれほどの思いをしたのは初めてではと、自問する。
ひどい頭痛を振り払うかのように、クラウドは強く頭を振った。













リドに連れられて来て2度目の夜が明けようとしている。
昨日の朝に始まり、ゆっくりとした口調で語られたリドの話は夕暮れまで続いた。

――明日は、殺すかもしれない。

そう言われたことを忘れたわけではないのに、
柚有は今の今までリドのすぐ傍でぐっすりと寝込んでいた自分にあきれてしまう。

どんな状況でも、死を恐れない人はいないよ――

そんなことをいつか、誰かに言われたことを柚有は思い出していた。

――殺されるのが恐いと感じない。私はまだ、おかしいのかな。

けれど、安心して寝てしまえるくらいリドの気配に不穏なものがなかったというのも事実ではある。
この世界にきてから、柚有の直感的な部分は知らず知らずのうちに研ぎ澄まされていた。

憎まれている自分。この世界を憎いと思ってしまった自分。

救われたいとさえ、思ってはいけないと頑なに繰り返していた。
けれど静まった心のうちからはもうなにも聞こえてはこない。
すべてはただ、奥底にあって時折かすかに疼くだけだ。



紫の光にとらわれるようになった理由を、リドはこう説明していた。

――歪んだこの国の仕組みに気づいたから。
  人間の本当の弱さと愚かさに気づいたから。
  

いつだったか、カレルがムラについて説明したときに感じた違和感。
それが前提としてもたれていた差別的な見方だったのだと、この時柚有ははじめて思い当たった。
力をもつ者と、持たぬ者。
その立場の差は、リドの話からも明らかだった。

力とは、自由とは、何なのか。

リドはそう、柚有に問いかけた。
恐らく、この国で今最も大きな力をもつ彼女も答えることはできない問い。

すべての力の存在理由。
根本的な問いを生み出した稀有な思考回路をもつリド。

拾われた後、彼は紫の街ペルドで育てられた。
そこには、様々な考えが集まっているという。

すなわち根からの悪人と称し開き直る者。
紫の力を嫌悪し、他の街の者を羨み、影のように暮らす者。
そして、闇の力の存在に疑問をもち、悩む者。

不安定な場所には、様々な人が集まる。
己の弱さと不確かさを知っている者は、他人を受け入れるある種の寛容さをもつ。
他の街の常識を覆すように、紫の街ペルドには力をもたない者や、他の力をもつ者が溢れていた。
すべての人はリドのように何らかの理由でそれまでの居場所を失い、彷徨った果てにそこにたどり着いた。

だから紫の光をもつ者達は、当たり前のように知っていた。
この国の不条理と人間の弱さを。

――そいつらが、この国をのっとって作り変える計画を聞いた。
  こんなにわくわくすることが、あるか?

少し投げやりな口調ではあるものの、それがリドの本心だと柚有には確信できた。


けれどそうして赤子攫いに協力するようになったのだと静かに付け足すリドの顔には、後悔の色がみえた。
紫の光にとらわれた者達は、多種多様だ。
国を作り変えるという目的は同じでも、その手段にはかなりの違いがある。
言うまでもなく赤子攫いは、卑劣なやり方の1つだ。

「けどな、俺達だけじゃない。誰だって、本当は――」

そう苦しげに言葉を詰まらせたリドの気持ちを、柚有は痛いほどわかった。

「うん。」

たった一つの相槌も、柚有が発したからこそリドの心に触れた。
それ以上言葉がでない様子のリドを察した柚有は立ち上がり、長い話が終わった。




柚有は空を見上げ昨日の話を思い返しながら、ある思いにとらわれ始めていた。
静かに、けれどふつふつと湧き上がってくる感情があった。

いつのまにか後ろに立っていたリドに答えを求めるように柚有は叫ぶ。


「私は取り返しのつかない罪を犯した。
 ねえ、でも悔やむだけでは終われない。それだけじゃだめ。何か・・・!!」

――何か、しなくちゃ。


リドを振り返った柚有の、頬を伝っていく涙をリドの指が追いかける。
そのままざらりとした手のひらで柚有の頬をおおったリドの表情は、今までになく真剣だった。
少なくとも、王都から逃げようと、柚有を唆したあのときよりは。

「俺と組まないか。」

柚有はゆっくりと1つ、瞬きをした。
まるでリドの真意を確かめでもするように。


「俺はお前を憎んでいる。けど、同じくらい、必要としてる。」


一言ずつ噛み締めるように発音された言葉が柚有をうった。

リドが柚有に与えた猶予は3日。
リドと行動をおこすか、このまま・・・最悪の場合、野垂れ死ぬか。
柚有は再び岐路に立っていた。










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