28.リド





リドが生まれたのは、まさにあの事件がおこった「ムラ」だった。
両親は力をもたない人達で、成長していくにつれはっきりと現れていった息子の
「魔力」を喜ばしくも、不安にも思っていた。

――力さえ持っていればこの子が自分達のような苦労を強いられることはない。

――力のない両親から生まれたことでこの子はこの先、辛い目にあうかもしれない。

両親は悩み、やがてリドが5つになった時、息子を手放すことを決意する。
その時代、子供のいない「力をもつ者達」がリドのような子供を引き取ることが
稀にあったのだ。

「今でもあの時の2人の顔ははっきりと覚えてる。」

日中でも薄暗い岩のくぼみの奥に腰掛けたリドは記憶を呼び出すように目を瞑った。
リドの脳裏にうつるのは、本当の両親の笑顔だ。

「二度と会えないわけではない、時間が経ってお前が望むならまた逢える。」
ぐずるリドにそう言い聞かせ、母親は額にキスをした。

「強くなれ。」
いつまでも泣き止まないリドの頭に大きな手をのせて父親は言った。

迎えの馬車が来る。
馬車の窓から見えた両親はずっと、笑顔で手を振り続けていた。
それが、彼らがリドに向けた最後の微笑みだった。


リドが引き取られたのはロットの街のはずれに住む初老の夫婦の家だった。
本当の両親と同じように優しい二人に、リドは少しずつ心を開いていった。
しかしそれから、幼いリドにとって辛すぎる日々が待っていた。
まず、養父が亡くなった。
リドが引き取られてから1ヶ月後のことだった。
それと同時に、ある噂が流れ始めた。

――「ムラ」から子供を引き取ったせいで、昔は最強と謳われたあのご主人が亡くなった・・・。

できるなら触れられることのないようにと夫婦が気にかけていたリドの出生はすぐさま明らかになり、
出来かけていた友達も1人、2人と母親に連れられてリドから遠ざかっていった。
それでも5歳のリドにはなぜ友達が離れていったのかわかるはずもない。

それからは、養母だけがリドの遊び相手だった。
そして、彼女だけがこの街でリドを庇ってくれる唯一の存在だった。

「優しい人だった。だからこそ、ここに来なければよかったと・・・
 ガキなりに毎日考えてたな。夜になって、あの人が泣くのを見るたびに。」

養母の涙が養父の死に対してばかりではないことを、幼いリドは敏感に感じ取っていた。
もらった子の出生など関係ないだろうと、笑いとばしてくれるような人々は近くにいなかった。
彼女はいつのまにか厄介な子供を連れてきた迷惑者として囁かれるようになる。
リドが7歳になり、力を完全に解放させるための学校に通い始めると
リドと養母に対する蔑視は更にひどくなった。
力をもつ者の証である腕輪をはめるには、通常1年の一般的な教育が必要だった。
リドは耐えた。
何度でも繰り返される養母の言葉に、応えたかったのだ。

「あの人は、とても素晴らしい力の使い手だった。腕輪の石もそりゃあ美しい赤でね。
 私はもちろん敵いもしなかった。神官様にも一目おかれるほどだったよ。
 リド、お前も一生懸命鍛錬して立派な使い手になるんだよ。まずは腕輪をいただかないとね。」

そう言ってリドの頭を優しくなでる時だけ、養母の顔に優しい微笑みが戻る。
リドはその瞬間がたまらなく好きだった。
だから、どんないじめにも耐えられた。
腕輪をもらえる日だけを夢見て、リドは毎日学校へ通った。


けれどその日、運命を変える事件が起こる。


「ここから1番近いムラが火事になったらしい!!」

道を歩く人々に向かって、一人の若い男が声を張り上げた。
すぐさまあたりがざわめき出したが、一向に助けにいこうという声は上がらない。

「その火事は、こっちまで来そうなの?」

1人の女が、声をかけた。

「いや、その心配はないと思うが、だが・・・」

言葉を濁した青年には構わず、まわりの者はそろって安堵のため息をついた。

それならば心配ない。
おどろかせるな。

口々に飛び交う言葉の中、買い物に来ていたリドは真っ青になっていた。


それから、養母の制止も無視してリドはムラへの道をひたすら走った。
リドを快く乗せ、ムラまで行ってくれるような馬車などすぐに見つかるはずもない。




そしてリドがたどりついた時に見たものは、火は収まってはいるものの
わずかに記憶に残る姿とはかけ離れたムラの様子だった。

中に足を踏み込むと、怪我をした人々が恨めしげにリドを見上げていた。

助けを請う者、罵倒する者、憎悪の瞳でじっと見つめる者。

その子供が少し前にこのムラで暮らしていたことなど、彼らにとって重要ではなかった。
明らかに街から来た、力をもつ子供。
それだけが、リドについて彼らが認識していたことだった。

おぼろげな記憶を辿り、見つけ出した懐かしいその場所にかつての家はなかった。
父親も、母親も、助け出されることなく、全焼した家と共に死んだ。
それらのことをやっとのことで人々から聞き出した後、リドは呆然とその場所に立っていた。

――いくら待っても2人は帰ってこない。

弱冠7歳のリドを優しく諭し、肩を抱いて家に入れてくれる人は現れなかった。
相変わらず幼いリドをなじる声だけが、耳に届いていた。

「街の奴らは何もしちゃあくれない。」

「親さえも、見捨てたのか」

そして痛みを哀しみを訴える声、声。

「死」という言葉は理解できた。
けれど7歳の子供が受け止めるには、すべてが残酷すぎる事実だった。

頬を涙が伝うごとに、リドの体が赤い光に包まれていく。
それに気づいたムラの人々は咄嗟に危険を悟り、蜘蛛の子を散らすように四方へ逃げた。
リドの瞑ったまぶたの裏には、最後にみた両親の笑顔がうつっている。
けれど2人の顔は、赤い光が強くなるほど憎しみに歪みはじめていた。

いまや、リドの中でつくられた両親は息子に対して憎しみの表情を浮かべている。

「あ・・・あ・・・・!!」

次に目を見開いたとき、リドはその力を完全に解放させた。
父親譲りの黒い瞳が一瞬で赤へと変わる。
その色は、まるでリドが秘めていた力の大きさを示すように深い赤だった。







「そのあと逃げるようにしてムラをでた。街に戻ろうなんて考えなかった。
 どこをどれだけの間、歩き回っていたのかなんて覚えちゃいないけど
 ある日、拾われたんだ。」

「だれ、に・・・?」

その答えを直感的に予測し、柚有は恐る恐る聞き返す。
そんな柚有の予感にぴったりと添うやり方でリドは応じた。

「お前があの時、殺した中の一人だ。」

にやりと笑ったリドの顔はそれまでと違い、何かどす黒いもので翳っていた。

「リドは、私を憎んでる。」

まるで今、この瞬間まで忘れていたことを急に思い出したように柚有が呟く。


「ああ。・・・けど、同じくらい――」

同じくらい、何だというのか。
リドは自分の口から零れた言葉を信じられないように反芻した。

「同じくらい?」

「いや・・・。」

言葉を濁したきり、答える気配のないリドに柚有は異なる問いを投げかけた。

「なんで殺さないの?」

なぜ柚有を殺さないのか。
それは、リド本人にとっても不思議でさえあった。
あるいは一番初めに対峙したあの朝、振り下ろした剣が鈍った時に答えはでていたのかもしれない。

――ユウが、遠くない過去の自分と同じ目をしていたことに気づいてしまったから。

あの瞬間そんな風に思ったわけではなかったが、後から考えてでた結論はそれだった。
リドは、思慮を超えた自分の咄嗟の判断を信用してもいる。

しかし彼は自分の中に他人を、しかも宮殿で守られていた者を思いやるだけの心が残っていることに
驚いていた。
だからこそ自分が柚有を生かしていることに、リド自身もまだ気づいていない重要性が
あるように感じているのだ。
そして今のところ、リドには柚有にやってもらいたいことがあった。
それも彼女の返事次第、ではあるが・・・。


「今、殺す気はない。明日は、殺すかもしれない。」

「そう。」

微妙にずれたリドの答えを柚有はすんなりと受け止めていた。










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