26.駆け引き




僅かではあるが、紫の光が間違いではないことを悟ったロアは
すぐさまセラウドに柚有の状態を伝えていた。

そこでセラウドが柚有に施そうとしたのは忘却の魔法だった。
力を解放したあの事件に関する記憶をすべて消すことで、
その痛みから逃れさせようとしたのだ。

しかし柚有は無意識のうちに、紫を帯びた光を使って
セラウドの魔法を防御していた。

癒されることを拒む傷は次第に深くなっていく。
柚有の口数は減り、瞳は再び虚ろになっていった。


「セラウド様、柚有様はどうなってしまわれるのですか・・・。」

ロアの声はこれまでにないほど震えている。
その表情から、自分を責めていることは明らかだった。

「このまま紫の光が濃くなっていけば、柚有の人格にも影響が及んでくるでしょう。
 はやく、食い止めなければ・・・。」

ロアの気持ちをわかっていながら、慰めの言葉1つ言えないことでセラウドは自分が
追い詰められていることを自覚する。

「私のせいで・・・!!」

「ロア、落ち着きなさい。」

そう言ったセラウドの声には普段の冷静さがなく、鋭く光る灰色の瞳は行き詰った焦りを隠せていない。
ロアの自責の念とセラウドの焦りが、柚有を取り巻く空気を更に重苦しいものに変えていることに
2人は気づいていなかった。







それから柚有は極僅かな睡眠と食事のほか、何をするでもない時間を過ごしていた。
自分でもどうすることもできない虚無感と原因の知れない苛立ちが交互に柚有を襲う。
柚有の精神状態はもう限界に達していた。
救われないままでいいと思い続けるのは、苦しすぎた。
願っても救われないのは自分のせいだろうと、漠然と思っては目を瞑る。
閉じたまぶたの裏には、白い光と紫の光が攻めあうようにして浮かびあがっていた。

頭の中で交錯する白と紫の光。
その悪夢のような繰り返しの中で、柚有はいつのまにか1人の少年の存在を思い出していた。





そして気づいたとき、柚有は見張りの兵達をことごとく気絶させ彼の牢の前にいた。

「あなたは誰?」

静かな声に、石の壁と鉄格子に囲まれた薄暗い牢の奥でうなだれていた少年の唇の端が僅かに上がる。
笑みと、とれないこともない微かな動きだった。

「・・・自分から名乗れ。」

「私は高田 」

「ユウ、だろ?」

今度こそ少年は、にやりと笑んだ。
まるで柚有が来るのを待っていたようだった。

「なぜ・・・」

「知ってるかって?さあね。」

とぼけた声をだした少年に、しばらく言葉を失った柚有だったがもう一度少年に問いかけた。

「あなたは誰。」

「なぜお前が知る必要がある?いくらゼーダの力の継承者でも異世界から来たお前に
 この国のことなど関係ないだろう?」

「ゼーダの力なんてもう持ってない。」

つぶやいた柚有の言葉が聞こえなかったのか、少年は話し続ける。

「ま、情報源はそこの間抜けな見張り兵2人組だけどな。
 俺をただのガキだと思って、ずっと喋りっぱなし。」

少年は気楽な調子で話していたが、ふと柚有の顔を見やると一瞬哀れみにも近い表情を浮かべた。



やがて黙りこくっている柚有を観察するように見ていた少年が、ぽそりと呟く。


「リドだ。」

「りど・・・?」

「ああ、俺の名はリド。」

柚有は納得したように軽く頷いてみせたが、それきり何も喋らない。




「なあ・・・ユウ。」

思いがけず柔らかい声で名を呼ばれ、柚有は驚いたようにリドを見つめた。

「お前、なんで自分がそんな目してるかわかるか?」

「どういう、意味?」

どきりとしたことは顔にださず、柚有は怪訝そうに聞き返す。

「自分でわかってんだろ。お城で大切に守られてるお姫様の目じゃないよなあ。」

くつくつと、皮肉めいたものに変わった笑い声とは対照的にその表情は掴みづらい。

――この人は知ってる。

柚有は直感で知った。
リド。彼は赤の力を持ちながら、紫の光に捕らわれた1人だ。
けれど・・・

「もう何だっていいよ。」

動揺をうつして揺れていたのは僅かな間で、柚有の瞳はまた虚ろに曇る。

「ほら、その目。」

すっと細められたリドの赤い瞳が鋭く光った。
見透かすように見つめられた柚有は、けれど視線を外すことができない。


「教えてやろうか?」

リドの表情が明らかに柚有を挑発するものへと変わる。

「・・・何を?」

「お前が変わった理由。俺が闇の仲間になった理由。紫の光の、意味。」

「なに、それ・・・。」

「知りたきゃ俺をここから出せ。」

にやっと笑ったリドに今度こそ柚有の顔には驚きがくっきりと浮かんでいた。

「無理にきまってる。」

「どうだか。お前本気になりゃなんだってできるんだぞ?」

諭すように言ったリドの口調の真剣さが柚有には意外だった。

――そんなにここから出たいの・・・・・でも、なぜ? 何のため?

「何のために?」

「こんなとこで一生終わりにしたくねえしなぁ。
 ああそれと、お前と一緒に逃げたら目的もできるな。そっちもよろしく。」

本気とも冗談ともとれないリドの謎な言葉に柚有は顔をしかめる。

「考えとけ。ここから出たら全部話すから。
 あ、俺近々拷問とやらにかけられるらしくて違う場所行くみたいだから早く決めろよ。」

そろそろ見張りが起きる、帰れ。

あまりにも普通で気軽すぎるリドを、柚有は奇妙なものでも見るように眺めていた。










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