25.オトズレ




数日後、クラウドとカレルはロアと共に庭園を散歩する柚有を
2階の窓から眺めていた。
はっきりとはわからないが、柚有がくつろいだ表情を
ロアに向けているのは確かなようだ。


「これから、作戦を練り直すということでよろしいですね。」

静かな声で、カレルが切り出した。

「・・・・・・。」

「惜しいですか?」

あまりにも他人事のようなカレルの言葉に、クラウドの顔が皮肉な笑みを浮かべる。

「はっ。言うまでもない・・・。」

――惜しくて仕方がない。だがユウにはもう、戦う意志がない。

本当の力は、柚有が望んで初めて使うことができるといっても過言ではなかった。
柚有が戦いを避ける道を選んだのならば、もう柚有が受け継いだゼーダの力が完全に解放されることはない。


「しかし、」

これ以上どうすることもできません。ユウと力のことはお忘れ下さい。

そう告げようとしたカレルを、クラウドが遮った。

「わかっている。あいつがあれじゃあ、もう使えない。これからユウのことは兄上に任せよう。」

――果たして本当にわかっていらっしゃるのか・・・。

クラウドの、感情が抑制された淡々とした声を聞きながらカレルは内心苦笑した。

柚有から「力」を取り除いた時、それでも彼女はクラウドの中から離れずに残るのだろうか。
今の、ひたすら自身の安らぎだけを求めている柚有ならば心配はない。

しかし、再び柚有がクラウドから目を逸らさず、真っ直ぐにその瞳を見返し動き出す時がきたら・・・
今度こそクラウドは気づいてしまうに違いなかった。
何度でも傷ついては立ち上がる、透き通った目をした少女の美しさに。
彼が無意識のうちに惹かれてしまっていた彼女の驚くほどのしなやかさに。


カレルが最も恐れているのは、まさにその瞬間だった。



「青の光の街にいく計画も潰れてしまいますね。」

しかしどんなにそれを恐れていてもカレルに出来ることは何も無い。
考えていることとまったく別の話題でクラウドと会話することにも慣れてしまっていた。

「アイツが来ないのならば行く必要もないからな。」

今までのすべての計画は柚有を中心に据えて考えられたものだった。

クラウドの目は依然として、窓の外の少女の姿を追っている。
どうやら、もう中へ戻ってくるようだ。
ふとセラウドの言葉を思いだしたカレルは、クラウドの整った横顔を見つめながら
随分前からしていたはずの誓いをもう1度、心の中で呟いていた。

この王子がこの先どんな事態へ追いやられようとも最後まで見守り続けよう、と。










ゆったりとした足取りで、柚有はロアと一緒に庭園を歩いている。
小さな白い花や、さくらんぼによく似た赤い実が目に入る。見上げた空は青だった。


――・・・綺麗。

柚有は自分が今までたくさんのものを見落としていたことに、今更ながら気づきはじめていた。
長いことずっと。
恐らくそれは「ここ」に来る前、自分の世界にいた時からだったろう。
当たり前にそこにあった自然の美しさに見向きもしていなかった。


ゆるい風に散らされた長い金色の髪を片手で押さえながらロアが提案した。

「ユウ様、久しぶりにあの笛を吹いてみたらいかがでしょう?
 きっと気分転換になりますわ。」

「フルート、か・・・。」

そういえば、柚有はもう何日もフルートを吹いていなかった。
そんなことは柚有にとってはじめてといえるくらいで、フルートの存在自体忘れていた自分に
驚くほどだ。いつもなら、吹きたい、触れたいという衝動が1日のうちに必ずやってきていた。

しかしロアの提案を聞いた時、柚有の頭の中で最も強く響いたのはクラウドの言葉だった。

――お前はあの笛を吹くことで、一番力を集中させているだろう?

あの力と関わることなど、もう一切したくないのだ。
けれど、と柚有は思い直す。
1度思い出してしまえば、あのひんやりとした銀色のキーに今すぐ指をのせたいと素直に思ってしまう。
力を解放するかしないか最後は自分の意志で決めることができる、と教えてくれたのもまたクラウドだ。
柚有にしてみれば自分が今、力を解放することを望むなど絶対に考えられない。
本心から願わなければあの白い光が生まれることもないのだ。

「それじゃあ、久々に吹こうかな。」

嬉しそうに微笑んだロアにぎこちない笑顔を返しながら、柚有の脳裏には1つの光景が浮かび上がっていた。


あの忌々しい、白い光の束。彼らの苦しみの声。 叫び。









しばらくして部屋に響いた空虚で冷たい乱暴さをもった笛の音と、見間違えではなく柚有を包む
以前とは異なった光の色にロアは息を飲み、同時に数分前の自分の言葉を心から後悔した。


力が解放された時、居合わせた者達が見たというゼーダの光の輝きは微塵もなかった。
ただ、極薄い紫の光がどこからかやってきて柚有の体に絡みついていくようだった。


白、それは何色にでも染め得る無垢な光。



柚有は確かに、闇を駆ける紫の光に囚われつつあった。










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