24.やさしさ




よく晴れた日の午後、柚有、クラウド、カレル、
そして赤の力をもつ少年は宮殿に到着した。
柚有、クラウドはともかく普通なら赤の街からでることはない
カレルの姿をみて宮殿の者たちはざわめいている。

「よく無事で帰ってきてくれました。」

出迎えたのは優しい微笑を浮かべたセラウドだ。
彼の相変わらずの染み渡るような声音を聞き、次に
後ろに控えているロアの姿を見つけたことで柚有は少しの安堵を覚えていた。

――帰ってきたんだ。

自分の家でもないこの場所に、帰って来たと思える自分がおかしかった。

「柚有、怪我の具合はどうですか?疲れたでしょう。先に部屋へ戻って休みなさい。
 ロア・・・。」

セラウドはロアのほうを振り返ると、柚有を部屋へ連れて行くよう促した。
柚有は言われるままクラウドらから離れ、ロアに支えられるようにして歩き出す。

2人が遠ざかるのを見届けると、セラウドは改めて口を開いた。

「随分な大役を任せたのですね。」

事実ではあるが、さっきとは打って変わって明らかに皮肉の響きがこもるセラウドの口調に
クラウドは肩をすくめた。

「これは必然です。あの事件を解決するにはユウの力がどうしても必要でした。」

クラウドの返答に、セラウドは微妙な表情をみせた。
思案げに、遠くを見つめる。

「この国の者としては、あなたの行動を非難することはできません。しかし、
 ユウのことを第一に考えると、あなた方の選択は彼女に苦痛を与えるものだったと
 言うほかなさそうです。そして私は、ユウという異世界からのお客様を大切にしたい。」

クラウドに向き直ったセラウドは、心を決めたように躊躇せずそう言い切った。

「お客様、ですか。残念ながら、今となってはそれも叶いません。」

クラウドは兄の出方を初めから知っていたように、冷静に切り返す。

「既にユウは十分すぎるほどこの世界に関与しております。」

2人の様子を窺っていたカレルがここで初めて口を開く。
もちろん、クラウドの側につくことは始めから決めていたカレルだったが、
セラウドは事実上、他の神官達を統率する光の神殿の神官である。
そのセラウドに意見するのはいくら彼といえども躊躇われるのだった。

「ですから、これからはもう二度とこんなことをさせないように、約束していただけますか。」

いつもと変わらぬ微笑のセラウドだったが、微かに空気が揺れるのをカレルは肌で感じた。
威圧されていた。
穏やかな性格に秘められたセラウドの白の力は、カレルの赤の力を凌ぐものである。
力が発する気迫の差に、カレルは冷や汗が背を伝っていくことを自覚する。

「それは、ユウが決めることです。」

クラウドがカレルの様子に苦笑しながら助け舟をだす。

「彼女が再びこのような苦痛を味わうことを望むとでも?」

弟に視線を戻したセラウドは、余裕ともとれる笑みで切り返した。

「乗り越えることで、傷は強さへと変わっていく。
 兄上、そうは思いませんか?」

「その強さを、ユウに求める必要はありません。
 ・・・どうやら私達だけでこの話をしても埒が明かないようですね。これからのことは
 ユウの意志によって決めることとしましょう。まずはユウの回復が先決です。」

そう締めくくってその場をさろうとするセラウドにカレルは深々と礼をする。
それを見やったセラウドは、カレルに向かって声をかけた。

「カレル殿。一段落したら私の部屋へ。」

「・・・かしこまりました。」

突然のことに驚きつつも、カレルは返事をしもう一度頭を下げた。









「ユウ様、怪我の手当ては終わりましたが・・・やはりお顔の色が冴えませんわ。」

懐かしくさえ感じられるロアの優しい瞳に心配そうに見つめられて、
柚有は今まで張っていた緊張の糸がぷつりと切れるのを感じた。
柚有はあの日から自分が、何の期待も懇願もせず、ただ静かに受け入れてくれる存在を
求めていたことを自覚する。
自分を心から気遣ってくれるロアに、柚有は今すぐすがって泣きたいくらいだった。

「ロア、私間違ってたのかな。やっぱりセラウドさんが言うとおり
 力の鍛錬なんて簡単に始めるべきじゃなかったのかな。」

「ユウ様は間違っていませんわ。もう、力のことも戦いのこともお忘れになって
 元の世界に帰る日までこの宮殿で思うままに過ごして下さっていいのです。
 セラウド様もそうおっしゃっていますから。」

「でも、クラウは・・・。」

ゆっくりと左右に首を振ったロアは再び柚有を優しく見つめる。

「ユウ様はもう何も心配しなくてよいのです。」


「その通りですよ。」

突然、部屋のドアを開けたセラウドが相槌を打った。
驚いたように振りかえる2人に、断らず部屋へ入ったことを詫びるよう、
コンコンとドアの内側を叩いてみせる。
セラウドにしては、笑いを誘うお茶目な仕草に柚有の表情も微かにほころんだ。

「クラウドやこの国のことはもう心配しなくてよいのです。
 あなたが元気でいることが最優先なのですよ。」

セラウドに目を覗きこまれた柚有は、数秒の間のあと無意識に頷いていた。

――もう、いいんだ。この人達は私を守ってくれる。

逃避、という言葉が頭の中に浮かんだ。
しかし、セラウドとロアの柚有を労わる視線がすぐにその言葉をかき消していた。










セラウドが柚有の部屋を出て自室に戻ると、カレルは難しい表情で待っていた。
入ってくるセラウドに気づくとはっとしたように立ち上がる。

「ご無沙汰しております。セラウド様。」

「カレル殿。弟が、また迷惑をかけているようですね。」

セラウドはカレルにも座るよう促しつつ、その向かい側のソファへと腰をおろした。

「王子に頼っていただけることは私の喜びです。」

「ユウの面倒も見てくださったとか。」

「私にとっても彼女はとても興味深い存在でしたので。
 しかし、どうやらそれも無意味に終わりそうですね。」

どうやら柚有と話をしてきたらしいセラウドの雰囲気を敏感に察したカレルは
苦笑しながら答えた。

「私は安堵しています。喜んでいると言ってもいい。」

セラウドの言葉に、カレルの中では柚有がもう力を使わないであろうことが確実となる。

「恐れながら。セラウド様は、クラウド様の上をいく過保護ぶりのようで・・・。」

カレルは、柚有を説得しているセラウドの様子を思い浮かべた。
きっと限りなく深く、優しい目と声音だったに違いない。

「いいえ。私は異世界の者に関わって欲しくないだけです。
 ユウには元気な姿のまま元の世界に必ず帰ってもらわなければなりません。」

そこで珍しくはっきりと拒絶の意志を口にだしたセラウドを、カレルは意外に感じた。
しかしなんとか平然とした顔を保ち、あとを続ける。

「セラウド様はユウの保護者役といったところでしょうか。」

「ならばクラウドは?」

「あの方は・・・ご自身のお気持ちにとても鈍くていらっしゃいますから。」

「同感です。」

「止めるべきではありませんか?」

「自覚もしていないのに?」

「それもそうですか。」

2人が薄く笑いあったところで、会話が途切れた。
そこでセラウドはカレルをじっと見つめる。

「しかし、どうやらしばらくは私とクラウドは別行動をとらなければならないようです。
 ユウのことを考えると私は引き下がれない・・・。弟はカレル殿に任せます。」

「・・・。あの方が私の助言を聞き入れて下さるはずもございません。」

「それでも、あなたが傍に控えていてくれることが彼にとっての助けになります。」

セラウドの言葉に、カレルはゆっくりと、深く頭を垂れた。
クラウドの傍にいることで救われているのはカレルのほうだった。
しかしそんなカレルの思いさえも見透かすように、セラウドは静かに微笑した。










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