23.孤独





王都ブロン。
宮殿内のセラウドの部屋ではロアがお茶の準備をしつつも、
そわそわと落ち着かない空気を隠しきれていなかった。

「明日の午後、クラウド様とユウ様がお戻りになるようですわ。
 ユウ様は・・・ご無事なのでしょうか。」

セラウドの前へカップを置くと、ロアは堪りかねたように問う。

「怪我は命に関わるものではないと聞いています。
 しかし、精神的な状態は・・・かなり深刻なようです。」

セラウドの言葉にロアの青い瞳が見開かれ、表情が不安に揺れる。

「ですが、あの、ここへお戻りになれば回復することだって・・・!」

「ええ。ロアはユウがすぐに体を休められるよう準備をしておいてくださいね。」

なだめる様なセラウドの言い方に気づいたロアは、動揺を隠そうともしていなかった自分に気づき慌てる。

「は、はい。かしこまりました。」

部屋をそそくさと出て行くロアを眺めながらセラウドは苦笑してしまう。
ロアが今のように、セラウドを問いただすような口調で話すのは珍しいことだった。

――よほどユウが心配なようですね。

しかしセラウドにしても、柚有がクラウドと共に宮殿をでた時から、嫌な予感がしていたのだ。
詳しい柚有の容態はセラウドにもわからなかったが、クラウドが彼女にさせたことを考えると
かなり疲弊していることはすぐに想像がつく。
やはりこの国の都合で傷つけられてしまった柚有に、セラウドはすぐにでも謝りたかった。
もう二度とこんな思いはさせないと、伝えたかった。

「あなたが元の世界に帰る日まで、クラウドからあなたを隠してしまいましょうか・・・。」

今まで、国に関わることならば秘密事項をすべて共有してきた2人である。
あまりにも非現実的な自分の考えに、セラウドは低く笑った。









「ユウ、これを。」

クラウドが柚有に差し出したのは、1通の封筒だった。
肩の傷も思ったより浅かったことから、その日の午後柚有達はロットにあるカレルの屋敷に戻ってきていた。
念のためということもあり柚有はそこで大きなベッドに寝かされた。

「手紙?」

「会えないのならばせめて手紙で子供達を救ってくれた礼をと。親達からだ。」

「赤ちゃんの・・・。」

封筒を受け取った柚有は、手紙に関心をもったようでその虚ろだった瞳が微かに揺れる。
しかし、封を切ることを躊躇う仕草をみせるうち、結局封筒をベッドの脇のテーブルへと置いてしまった。

「無理に読めとは言わないが・・・」

そのとき柚有は、何か言いたそうなクラウドを全身で拒む空気を発していた。
誰も触るなと、その華奢な身体は訴えていた。

小さなため息をもらした後、クラウドはそれ以上なにも言わず柚有の部屋をでた。


――お礼・・・か。

柚有はふっと息をはき出すように微かに笑い声をたてる。
礼を言われるようなことはしていないとわかっている。
その手紙を読んで少しでも自分が救われてしまうのが怖かった。
この痛みを和らげてしまうことをせず、ずっと持ち続けるという選択を
知らず知らずのうち、柚有は自身に科していた。

「読めるわけないよ。」

掠れた声で呟く柚有の心のうちを、クラウドらは知る由も無い。










「ユウは、読んでくれましたか?」

部屋にやってきたクラウドに、カレルが意味ありげな笑みで尋ねる。

「さあな。」

そんなカレルの振る舞いが気に障るのかクラウドは苛立った口調で答えた。

「あの手紙を読むことで、少しでも立ち直ってくれればいいのですが。」

「・・・お前の魂胆が俺にはわからない。」

「お忘れになりましたか。私が貴方様に対して否と申しあげることはございません。
 全ては、事が貴方様の考えていらっしゃるとおりに運ぶためしていることです。」

あの手紙は、カレルが命じて親達に書かせ届けさせたものだった。
赤ん坊を攫われた者達1人残らずすべての家へ使いをやり、短時間で用意させている。
だがクラウドは、柚有にそれほど期待していないカレルを知っている。
それで今回の事に引っかかりを感じたのだ。

「クラウド様がおっしゃったのでしょう。ユウが回復するまで待つ、と。
 それならば、私はその時がなるべく早くやってくるよう尽力するのみ。」

「そう、か。」

まだ納得し兼ねているクラウドの黒い瞳を真っ直ぐに見、カレルは微笑んだ。

「そういえば、あのガキは?」

「ああ、少年なら少々兵士達の手に余るようだったので私が睡眠状態におとしておきました。
 これから聞きたいことが山ほどあるので下手な攻撃はできませんし。」

「お前が?」

クラウドが怪訝そうに眉をひそめる。
そのような魔法は、兵士達でも容易にかけることができる。
わざわざカレルほどの魔力をもつ者がかける必要があったということは、
少年の力がそれだけ強いということになる。

「厄介だな。とっととアイツが喋っていれば、ユウに剣を向けたあの時すぐに
 始末できていただろう・・・。」

「お怒りはごもっともですが。しかし、おかしなことに私には彼が力の扱いに不慣れなようにみえました。
 強い力を持っていながらまるでその能力を把握しきれず、持て余しているような。」

「どういうことだ?」

「彼がロットや王都で育った可能性はゼロに等しいという私の見解からすると
 彼はきちんとした教育を受けていないことになりますね。」

「・・・まさか。
 力をもつ者が、その扱い方を知らないなどということがあるのか?」

肯定の印に、カレルはゆっくりと頷いてみせる。束ねていない長い髪がさらりと揺れた。

「まるで、アイツみたいだな。」

――同じ場所で生きていた仲間と呼べるものを一度に失い。 
  強すぎる力を持て余し。
  きっと、心のうちに潜む孤独さえ2人は同じように抱えているかもしれない。

カレルには、クラウドの考えがその一言で手に取るようにわかった。  
カレル自身も、少年についてそう思い当たったときクラウドと同じ感想をもっている。

「ユウとあの少年。まさかとは思いますが、二度と近づけないほうがよろしいですね。」


似た者達は、知らずに惹かれあう。
相手を無視せずにはいられない。
間にある感情が憎しみだったとしてもそれは変わらない。
むしろ、強い感情をもてばもつほど・・・。

クラウドは、傍らのカレルをじっと見つめながらゆるゆると長い息を吐き出した。

明日は、王都ブロンに帰る。











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