22.罪








白い光が、ムラを照らしていく。
外の空気はまだ冷たかったが、昨日の騒ぎは嘘のように静けさを取り戻していた。
窓を開け、夜が明けていくのをじっと見つめていた柚有は身震いをする。
二度と来ないと思っていた朝がこうして訪れたことが、不思議だった。

――ムラの人々にも、眩しい朝は来た。

けれどそれ以上の一切の事は考えたくなく、柚有は思考を閉じて目を瞑った。









朝の光が十分に満ち、人々がいつもと変わらぬように見える1日を始めた頃、
ところどころ破れた粗末な服をきた少年がカレルとクラウドの前へと連れてこられた。
うなだれた姿勢のまま、兵士に前へ突き出されるように背中を押されるが一向に顔を上げる気配はない。

「顔を上げなさい。」

カレルがそう言ってから長い間をあけ、ゆっくりと正面を向いた少年の瞳は、赤だった。
カレルは驚きに目を見開き、奥に座っているクラウドもその疑いようも無い瞳の色に息を飲んだ。
確認するまでもなく、少年の腕にはクラウド達のような腕輪は見当たらない。
王都か、もしくは赤の街ロットに住んでさえいれば彼は幼いうちに他の力を持つ者達と
同じように腕輪を与えられたはずだった。
それができなかった、もしくはそれを拒んだため、力の成熟に伴って少年の瞳は
真っ赤に染められていったと考えるのが妥当だ。
事実、カレルとクラウドは少年から強い赤の力の気配を感じていた。

「あなたは、何者です?」

ゆっくりと落ち着いた、けれど決して拒否することを許さない声音でカレルが尋ねる。

「お前達に名乗る名など持っていない。」

そういった声はまだ少年のあどけなさが残ってはいるものの、厚い響きをもっていた。

「お前がそのような態度なら、力ずくで喋ってもらわねばならない。」

既にしびれを切らしていたクラウドの言葉に、カレルが口をはさむ。

「クラウド様、あまりお急ぎにならぬよう。ユウの力を浴びて生き残った者でございます。
 どんな力を秘めているかわかりません。」

「・・・っ。わかっている。」

舌打ちでもしそうなクラウドに、カレルはなだめる様な視線を送る。
そのとき、少年が口を開いた。

「あの女・・・ユウというのか。」

激しい憎しみのこもった口調だった。赤い瞳が炎のような輝きを増していく。

「自分達がやったことをわかっているのか。ユウを憎むのはお門違いだろう。」

嘲笑と共にクラウドが少年の気迫を一蹴する。

「お前らに、わかってたまるか。」

「わかりたくもない。さっさとお前の正体を言え。」

睨みあう二人をしばしそのままに、カレルは冷静に少年を観察していた。
貧しい身なりからして、もともと少年はここか、もしくは他のムラで暮らしていたのだろう。
力を持っていながらムラで生活しなければならなかった理由は想像できなくもない。
親が力を持っていない、家が貧しい、など力を持つ者がまわりから除け者にされる要因には
いくつか例があった。
少年もそれらに近い理由から、街で暮らすことはできなかったのだろう。
そこまでで、自分やクラウドの身分を知らないとしても腕輪をはめた者というだけでここまで
憎む理由に十分なり得る。
闇の者達とつながったことも、恐らく同じ「除け者」としての立場に惹きつけられたのだろう。
攫われた赤子が、闇の勢力に絶対の忠誠を誓う者へと育てられるという計画は既にわかっていた。
幼ければ幼いほど、人間というものはまわりの色に染まりやすい。
あるいは、少年も同じようにして攫われ育てられたのかもしれなかった。


「あなたも、攫われて闇の者達によって育てられたのですか?」

カレルの憶測を聞き、少年は睨みつけていたクラウドから目をはずすと笑い出した。

「はっ、お前馬鹿か?俺は、俺の意志であそこにいったんだ。」

これ以上おかしいことなどないという風に少年はくつくつと笑いを漏らす。

「ではやはり、街に住む者達への憎しみが原因だと?」

少年の態度に顔色1つ変えずに続けるカレルに、少年は面白そうにかえす。

「ああ、そうだよ。憎しみなんて、安っぽい言葉じゃ表現できないくらいだけどな。」

カレルとクラウドは顔を見合わせると軽いため息をついた。

「少し、冷静になりなさい。そして自らの立場を考えなさい。
 ・・・話はそれから聞きましょう。」

カレルが兵士を促し、少年を連れて行かせる。
そして、クラウドを振り返ったカレルの一言を少年は聞き逃さなかった。

「ユウはまだ奥の部屋ですか?私から話があるのですが・・・」

一瞬目を見開いた少年は、仲間を奪ったその女がまだこの宿にしかもすぐ近くにいることを知る。
そして、見張り役の兵士がカレル達のいる部屋のドアを完全に閉めたその瞬間。

「おいっ!!!」

焦ったような兵士の声が廊下に響いた。
少年は瞬時のうちに自分を引っ張っていた一人の兵士の腹部に蹴りを入れ、
手に縛られた縄をはずし、剣を奪いとっていた。
そのまま少年が駆けだした方向は宿の出口とは逆、柚有のいる部屋の方だった。

「何事ですか?!」

廊下にでてきたカレルとクラウドは床に倒れる兵士を見て咄嗟に少年の姿を探す。

「あいつはどこだ!」

クラウドの怒声に兵士が柚有の部屋の方向を指差す。

「くそ!!」













バンッ!!
大きな音とともにドアが開かれる。
朝の光が差し込む窓際に、柚有は座り込んでいた。
いきなり開かれたドアの方向を反射的に振り返った柚有は、見知らぬ少年を訝しげに見やった。

「あなたは・・・。」

そう聞きかけて柚有ははっとする。その少年の憎しみに満ちた表情。
それは昨晩の夢にでてきた人々と同じ・・・

「仲間の、敵・・・」

そう低い声で呟いた少年をみて柚有は悟った。

――この人は、私を恨んでいる。憎んでいる。

入ってきた時とは対照的に音もなく少年は柚有のすぐ傍まで近づいていた。
かまえた剣が、窓から差し込む光を鈍く反射した。

「覚悟。」

少年がもつ剣に、赤の光が宿る。

――綺麗。

柚有は、その赤い光を纏った少年に見惚れていた。
誰に殺されても、今ならかまわなかった。
自分がたくさんの人に与えた苦しみを思えば自分が死ぬことが理不尽だとは思わなかった。



しかし逃げようとする素振りも見せずぴくりとも動かない柚有の覇気のない瞳と目を合わせた瞬間、
少年に生じた一瞬の迷いが彼の手元を狂わせた。


「っうぅ。」

低くうなった柚有の左肩をかすって、少年の剣は壁へと突き刺さった。

「「ユウ!!」」

クラウドとカレルが続けて部屋へと入ってくる。
状況を瞬時に把握したカレルは、力を使って少年を気絶させた。
不意をつかれた少年は、カレルに太刀打ちできず床へと倒れていく。
すぐに柚有へと駆け寄ったクラウドはその肩に浮かぶ赤い染みに顔色を変える。
柚有の着ていた服を傷口を動かさぬようにやぶり、肩の傷を確認した。

「あまり、深くは無いな。」

険しい顔つきは変わらぬものの、命には別状ないことが確認できたことでクラウドは安堵の息をもらす。
そして初めて、クラウドは自分の右手に水滴が落ちてくることに気づく。


少年の剣を受け止めた時の空っぽな表情はそのままで、柚有の瞳からは涙がこぼれていた。









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