21.代償





闇の者達の隠れ家となっていた洞窟から赤子を救い出し、全員が正常である
ことを確かめると、親の元へすぐに届けるよう兵士達に命令し、
クラウドと柚有、カレルはいったん宿へと戻ることにした。
帰る道すがら、柚有が耳にしたのは痛みに苦しむムラの人々のうめき声だった。
止めるクラウドとカレルを無視して、うめき声が聞こえる家の
明かりが差している窓を覗き込んだ柚有が目にしたのは
あまりにも無残な光景だった。柚有が発した白い光を直接浴びた人々の肌は、
火傷を負ったように爛れてしまっていたのだ。
腕をひいてやっとのことで柚有を窓から離したカレルが
空が暗くなる時間を選んだこともあり家の外にでていた者が多くはなかったのが
不幸中の幸いだと静かに言った。

――不幸中の幸い?

よくそんな事が言えるものだと、柚有は投げやりな乾いた笑い声をたてた。
彼らは、クラウドとカレルはこのような結果になることを初めから知っていたのだ。
そして、その犠牲について話せば柚有が決してこの作戦を実行することに頷かないことも。

「泣くな。お前に泣く資格はない。自分が一番わかっているだろう?」

――自分こそが彼らを傷つけた張本人。

泣いてはいけない。それくらいわかっている。
けれどそれをクラウドから淡々とした口調で命令される筋合いはない。
泣くなと、一体どんな事を思いながら言っているのだろうと柚有は本気で疑問に思う。
しかし、そんなクラウドに反論する覇気さえ柚有には残っていなかった。
頭がずきずきして、時折眩暈とともに強烈な吐き気が襲ってくる。
覚束ない足取りに、カレルに従っていた兵士が手を貸そうとするが、柚有はその手を払いのける。

――誰にも触れられたくない。

やっとのことで宿までたどり着き、無言で自分の部屋へと戻った柚有はベッドへ倒れこむと
不意に襲ってきた眠気に身を任せ奥深くへと意識を沈めていった。









「お前は無実の者にまで傷を負わせた。」

「この耐え切れぬ苦しみ、お前も味わえ。」

「憎い、お前が憎い。」

白い光によって傷つけられた人々が柚有へとせまってくる。
そして、その焼け爛れた腕が柚有の首へとかかった時。

「・・やーっ!!」

柚有は、はっと目を開いた。

「・・・ゆめ。」

全身汗だくだった。胸に湧き上がる不快感に、ぎゅっと目を瞑って耐える。
何度か深い呼吸を意図的に繰り返し、どくどくと脈打つ心臓を静めようと試みる。



「随分うなされていたようだな。」

気がつくと、部屋の中にクラウドが立っていた。

「いつのまに・・・」

「たった今だ。声が聞こえた。」

「わたし、の?」

「ああ。」

柚有は再び自分を落ち着けるように長い息をゆっくりと吐き出した。
握り締めていた手を開くとまだ指先が微かに震えているのがわかる。

「ほら。」

低い声に顔を上げると、クラウドが水の入ったコップを差し出していた。
受け取ってゆっくりとコップを傾けると、冷たい水が火照った身体に染みわたるようだった。
一気に水を飲み干すと、柚有を心から案じているような気遣うようなクラウドの瞳にであう。
痛いほどじっと見つめてくるその目は、先ほど冷たすぎる言葉を柚有に浴びせた彼と
同じ人物とは思えないほどだった。

「頼む。耐えてくれ。」

しぼりだすような声でクラウドは呟く。

「この国を平和にできるのはお前しかいない。」

クラウドのあまりにも切なく苦しげな表情に柚有は無理だと首を横に振ることも躊躇ってしまう。
本当はもう無理だと、セラウドの言ったようにもう何もせずただ帰る日を静かに待っていたいと
すぐにでも言ってしまいたいというのに、柚有の口からは何の言葉も出てこない。
代わりにこぼれたのは、一筋の涙だけだった。

柚有の白い頬を伝う涙をゆっくりと親指で拭うとクラウドは眠れ、と一言いっただけで柚有に背を向ける。
途端に柚有は不安な気持ちに襲われた。

「待って。」

しかしひきとめようと咄嗟に出した声は掠れてうまく響かず、クラウドの影はドアの外へと消えていった。








「ユウの様子はどうですか?」

同じように目を覚ましていたらしいカレルが、柚有の部屋の前でクラウドを待ち受けていた。


「力を解放してまだ数時間だ。犠牲のことを知ったショックから立ち直るにもまだ早すぎるだろう。」

あくまで冷静に分析するように言うクラウドだったが、気遣うような表情が見え隠れするのを
カレルが見逃すはずがない。

「貴方様の手厚い看護があったとしても?」

にやりと唇の端を上げたカレルをクラウドがきっと睨む。

「からかうな。」

「ご冗談を。真剣に申しております。」

もう一度するどい視線でカレルを見据えると、クラウドは自室へと歩き出す。


「長くても、2、3日後ですか。」

廊下に響いたカレルの声にクラウドの歩みが止まる。

「それまでに回復しなければ、柚有は使い物にならない。そう判断してよろしいですね。」

「あいつに戦う意志が戻るのならば何日かかってもかまわない。」

淀みないクラウドの声に、カレルは一層笑みを濃くする。

「それほどの価値があると、お前ほどのものが見抜けなかったわけでもないだろう?」

僅かにカレルのほうを振り返ったクラウドが少しの余裕を見せて笑む。

「ことは一刻を争います。悠長に待っていられるかどうかは・・・しかし、ご存知のように
 私が貴方様に対して否と申し上げることは決してありません。ご安心を。」

微笑むカレルにクラウドは眉をよせた固い表情でしか応えることができない。
クラウドはそのことを引き合いに出されるたびに、どうしても戸惑ってしまうのだ。
触れてはいけないものに触れてしまったように。

カレルは一礼すると、クラウドとは反対方向に暗い廊下を歩いていった。









「赤の力を持った少年が?」

翌朝、親が待つ街に赤子を送り届けた兵士から報告を受けていたカレルは、
洞窟の中に赤い目をした少年がいたことを知らされた。

「はい。もうすぐ、他の者がこの宿まで連れてくるはずでございます。」

兵士の話によるとその少年がいた場所から考えると、赤子と共に攫われてきたというよりは
闇の勢力の仲間であった可能性が高く、柚有の力からもかろうじて生き延びた様子だったらしい。
他の者達が全滅していたという報告からも、1人生き延びていたということは、
その少年がかなりの魔力の持ち主であることが窺える。

「なるべく早く連れてきなさい。話を聞きましょう。」

その少年が赤子攫いの実行犯として関わっていた可能性に思い当たり、
カレルは厳しい目で森の方向を見つめた。








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