20.信じる心




翌日。夕闇がせまる頃、クラウドと柚有は数人の兵と共に
人目を避けるようにムラの奥の森の中へと入っていった。
それを少し遅れてカレルと1人の兵が追う。

「カレル様、どうか宿へお戻りください。
 貴方様がこのように動き回らずとも私が見張り役を・・・」

「そういう提案をするならば、まずはクラウド王子でしょう。」

平然と言ってのけるカレルの斜め後ろを歩きながら、
兵士はあきらめたように苦笑を漏らした。

「失礼ながら・・・あのクラウド王子を説得できる方などいらっしゃいませんでしょう。」

カレルは唇の端を僅かに上げて微笑の形をつくる。

「まあ、今のところは同感ですね。」

「今のところ、とおっしゃいましたか。」

更に微笑の色を濃くしたカレルの横顔をちらりと見ながら、
兵士は自分の助言がまたもや無駄に終わったことを確信しもう一度苦笑した。
この兵士は、カレルが神官になった初めの年からカレルの護衛をしている者のうちの1人だ。
それ故、本来なら遠い存在でいて当たり前のクラウド王子にも、恐れ多いとは思いつつ
少しの親近感を抱いている。
また、カレルを長年見守り続けるうちに、兵士は2人にある種の共通点を見つけていた。
どんな事に対しても問題解決の糸口が掴めたならば自分の立場など二の次で、自ら行動を起こしてしまう。

――昔からそうだった。

兵士は思う。しかし、今回ほど危険を伴う作戦は初めてといってもいい。
一国の王子と、神殿の最高権威である神官。
一刻も早く2人には無事本来あるべき場所へと戻ってもらわねばならない。

「能力ある者ほど、動くべきなのです。」

カレルは、兵士に言い聞かせるようにいつもの言葉を紡ぐ。

「そうすることで短時間に最小の犠牲で、最大の利益が上がるのです。
 私は神官という飾りではない。
 与えられた能力を惜しみなく使うことこそが最大の役目だと思っています。」

「そういう貴方様だからこそ・・・私はこうしてカレル様のご意思に従っております。
 しかし恐れながら、私のたった一つの役目は貴方様の御身を一番に考え、お守りすること。」

カレルは苦しげな表情で俯いている兵士を振り返る。
自分の護衛として片時も離れず傍に控えている者達の中で、この兵士が最も自分の信念を理解し、
敬ってくれていることをカレルは知っていた。
そしてそのために、今回のようにカレルが非常識な行動にでる度に苦悩していることも。

「感謝していますよ。」

呟いた言葉と兵士を思いやる気持ちは本心からだが、
この先もきっとこの兵士を安心させてやれないであろう自分もカレルは既に認めている。
そしてその事さえ、この兵士はわかってくれているのだろう。

「恐れ多いお言葉。」

背中から聞こえる声に笑みながら、その目はすでに前方を行く4人へと注がれていた。
彼らはそろそろ、目的地に着くはずだった。

――さあ、始まりますね。

カレルも、クラウドさえもこうして少なくないリスクを承知で敵地に乗り込んだ最大の理由。
それがあの1人の少女だとは兵士達はまだ想像もつかないだろう。
ユウを見守るため・・・つまり、ユウの力の威力をこの目で確かめるため。
その時は、目前に迫っていた。
















「大丈夫か?」

「平気。」

今日、何度目かになるクラウドの問いかけだったが柚有の声は答えるたびに余裕をなくしていた。
森の中を進むにつれて、明らかに空気が変わっていくのを全身で感じている。
そして胸がざわめくような不快な感覚は、この場所で頂点に達していた。
柚有とクラウドのがたった小さな崖のようなところの下には、洞窟がありそこを人が出入りしている。
そして、聞こえてくる赤子の泣き声。

「ここが、闇の勢力の隠れ家・・・」

「この森の中は、ムラの者も気味悪がって入らないらしいからな。
 ・・・さて、始めるか。」

「始めるって、ここで?」

確かに洞窟はほぼ目の前だが、戦うということを漠然と思い浮かべていた柚有はあまりのギャップに驚く。

「こっちはたった4人だ。乗り込んでいったらあっという間に捕まって終わりだろう。」

「そういえばクラウって王子でしょ?えらいんじゃないの?」

クラウドは眉間に皺をよせ、この期に及んで能天気な柚有の言葉にため息をついた。

「お前、今まで何聞いてたんだ?奴らは国ののっとりを企んでるんだ。俺がのこのこ出て行ったら
 邪魔者のうちの1人を始末できる願ってもないチャンスを与えるのと同じだ。」

「その時は、私の力で・・・」

「安易すぎだな。数からして不利だ。なぜ最小限で行動しているのか考えろ。
 不意打ちを狙っているんだ。いいか、今から俺が言うことをそのままやれ。」

小さく低く呟くように耳元で喋るクラウドの声に、柚有は不思議と気持ちが静まっていくのを感じていた。

「――・・・・、いいか?」

「わかった。」

緊張と不安で強張った柚有の顔を覗きこんだクラウドは、優しく笑った。

「お前なら出来るだろ?」

柚有はクラウドの目をしっかりと見つめ返し頷くと、目を閉じ1つ、深呼吸をする。
前に向き直った柚有はそのまま崖の先端まで歩いていった。
相変わらず、洞窟からは赤子の泣き声が漏れ聞こえてくる。

「悪しき心。卑しき魂。今、白き光をもって浄化する。」

洞窟の入り口を見つめ、ほとんど聞き取れないような低い声で柚有が呟く。

――そして、目を瞑って力が最大限に高まるまで集中しろ。
  いつもやってる鍛錬と同じだ。落ち着けばできる。

さっき聞いたクラウドの言葉を頭の中で繰り返す。

――中にいるのは、罪も無い赤子を攫う卑劣な奴らだ。・・・憎め。

頭の中で響くクラウドの声に気持ちが乱れかける。
憎む・・・見たこともない人達を?

――攫われた赤子を思え。母親の悲しみを思え。奴らを、憎め。


淡く白い光に包まれ始めた柚有の身体を、クラウドは息を飲んで見つめる。
光が強くなったり弱くなったりしているのは、柚有の心が揺れている証拠だった。

「ユウ、お前なら出来る。」

思わずクラウドの口から零れた声に、柚有の身体がぴくりと反応した。


お前なら出来る、というクラウドの声が確かに聞こえた。
柚有は強く念じ始めた。

――かわいそうな赤ちゃんを、助けるんだ。そう、助けるんだ。

今までとは明らかに違う、純白の輝きをもった強い光があたりに広まり始める。
そして崖の下にいる人々がようやく異変に気づいた時、柚有の力は最大限まで高められた。

柚有が、かっと目を開く。

あたりが、純白の光に覆われた。
その光は森全体を照らし出し、それだけでは足りずムラの中までも伸びていく。

人々が、次々と倒れていった。

今まさに、柚有達に気づき攻撃しようとしていた闇の者達。
・・・ムラで働いていた多くの人々。


そしてあまりの光の強さに目を覆う前の一瞬。
クラウドは、柚有の髪がゼーダと同じ美しい銀白に変わるのを見た気がした。







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