19.作戦




今回の赤子攫いという事件を引き起こした闇の者たちの住処は、
「ムラ」の中にあった。
その言葉を耳にした時、柚有にとってそれは村と変わらない印象だった。
例えば、都市の喧騒から逃れるため休暇などに訪れるような
自然の豊かな山間の村、海沿いの町。

クラウドやカレルも、街より人口が少なく、作物を作ったりして
生計を立てているところだとしか説明しなかった。
しかし「ムラ」に足を踏み入れ見えてきたものは、
貧しく荒んだ土地と飢えに苦しむ人々だった。
自然がそこに住む人々に与えたものは、豊かさと呼ぶには程遠い。
そして何よりも柚有がショックを受けたのは、人々の様子だった。
道を歩く自分達に注がれる人々の視線がすべてを物語っていた。
恐れ・・・畏怖の目。それと同じくらいの嫌悪の表情。
歓迎されていないことは、明らかだった。

クラウドが下の者に手配させたという宿の一室に柚有、クラウド、カレルの3人は
ひとまず腰を下ろした。

「この村、どうしてこんなに荒れてしまっているの?」
クラウドとカレルは思ってもみないことを聞かれたというように目を合わせる。
2人は柚有が異世界からきたという事実を改めて確認させられた。

「それは・・・」
躊躇いがちにクラウドが口を開くと、カレルがそれ以上続けさせまいとするように喋りだした。

「荒れてしまっているのではなく、初めからこうなのです。」

カレルは強い視線で、クラウドが再び口を開こうとするのを制する。

「この辺りの土はもともと痩せていて作物が実らない上に、交通手段も未発達で人が生活するには
困難な場所。そんなところになぜ住まなければならないのか、それは彼らに力がないからです。」

話を聞き漏らすまいとそれまで熱心に見つめていたカレルの目が一瞬冷たく光ったように感じ、
柚有はたまらず目を泳がせた。

「力・・・って、光のこと?」

「そうです。ユウさんは白の光を手に入れました。
 そしてこの世界の人々は生まれながらにして力をもっているという話は知っていますね?」

頷く柚有を確認してからカレルは更に話を続ける。

「しかし、そうでない者もいるのです。生後何年たっても光が現れない子供達が。
 この国には4つの街があります。すなわち王都であるブロン、赤の光の街ロット、
 青の光の街ラータ、そして紫の光の街ペルド。
 王都以外の街ではその光の色をもつ者しか生活できません。
 けれど王都では誰もが生活することができる。
 それ故、互いに違う色をもつ家族はもちろん、力のない者も住めるはずだったのです。」

「はずだった?」

そう聞き返しながらも、柚有にはこの後カレルが何というのか大体見当がついていた。
つまり、差別だ。
今頃になって宿に入るまでの道の途中すれ違った人々の中に
銀の腕輪をつけた者を見なかったことに気づく。

「いつからかはわからない、私が思うにきっと持つ光の色という概念に基づいて街が作られたその時から
 力を持つ人々は持たぬ人々を蔑視するようになりました。」

なんのためらいもなくすらすらと言ってのけるカレルに柚有は違和感を感じ始めていた。

「そして王都からも居場所を失くした人々が作ったのが今我々がいるようなムラです。
 4つの街は国の中でも環境の豊かなところにつくられたので、
 ムラを作れるのはこのような厳しい土地だけなのです。
 ですから、例え住む人々がどんなに努力しても生活は楽にならない。
 初めから荒れているというのはそういうことです。
 場所を変えなければこの問題は克服できません。」

あくまで淡々と、皺の1つもよせず事務的に説明するカレルの顔を柚有はまじまじと見つめる。

――何かが違う。

柚有の中に浮かんだ違和感は、しかし言葉になるほどのはっきりとした輪郭をもっていない。

「わかりましたか?」

「あ、うん。」

ぼんやりとした表情の柚有にカレルは一瞬怪訝そうな顔をしたが
すぐにクラウドのほうに向き直った。

「さて、随分と時間をかけてしまいました。本題に入りましょう。」

「ああ。」

そう言って始まった作戦会議だったが、柚有はその前のカレルの話がどうしても気になり
2人の会話にも集中できていなかった。
かろうじてわかったのは柚有がクラウドの合図で力を一点集中させ、解き放てばいいということだった。
それだけのことか、と内心柚有はほっとしていた。
初めは何をやらされるのかと気が気ではなかったのだ。
しかし柚有は、力を集中させるところまでは何度も練習していても、解き放ったことはない。
動作自体は容易いに違いないが、その威力の凄まじさを柚有は知らなかった。
会議の中でもクラウドは、柚有のためらいを避けるためあえてそれを教えていない。
カレルもそれを黙認していた。

柚有の力によって強いダメージを受けるのはそれに対抗しようとする者、
つまり敵として戦っている者達だ。
攫われた赤子達はその光を浴びても害はない。
しかし、白色に限らず力の光を浴びて強いダメージを受ける人々がいる。
それは力を持たない者たちだ。
つまり柚有がその力を解き放てば、闇の勢力達を始末するだけでなく、
このムラにも被害がでることは避けられない。

それを知っていてユウを使うと言ったクラウドに、カレルが逆らう理由はない。
カレルは彼への忠誠を誓っている。
この作戦で払う犠牲が何なのか百も承知だが、カレルの思考には正義や正しさ、公平さなどという
言葉は必要が無かった。クラウドその人に忠実かどうか、それだけが判断基準だ。
馬鹿げているなどとは思わない。
カレルはそうしてもいいくらいの恩義をその人に受けていた。

「それでは、明日実行しましょう。」

またしても急に思える最後の一言に柚有は驚いたようだった。
けれどこの作戦は柚有を敵にばれずに目的地まで運ぶことが出来さえすればいいものだ。
多くの兵を組織すれば目立ってしまうため人数もクラウドと数人の兵が柚有につくだけでごく少数だ。
カレルも見張りのため彼らとは別行動をする。
自分達がここに来ていることを敵に悟られないよう一刻も早く作戦を実行したほうがよかった。
明日が最も自分達にとって有利なのだ。

カレルはふと思っていた。
作戦が成功した場合、柚有はどんな反応を示すのか。
自分の持つ力の本当の威力を目の当たりにして、戸惑うのか、怯えるのか・・・
そして突き詰めれば自分の力によってでた犠牲に「戦う」という意味の本質に気づかざるをえない。
そこで柚有は逃げてしまうのか。それとも受け止められるのか。

逃げてしまうのならば、クラウドの兄上であるセラウドが言っているというように
何もさせず、時がきたら元の世界に帰すべきだろうとカレルは思う。
柚有がこの国を本当に救えるのかどうか。
明日は彼女の真価を問う日のようだと、そこまで考えをめぐらせたカレルは
目の前の少し不安そうな瞳をした少女に微笑を送った。







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