16.転機




――コツコツ

様々な装飾がこれでもかというほど施された部屋で、
柚有はなんとなく落ち着かずにいた。
ベッドに横たわり、今日はもう何もないようだから寝てしまおうと思った直後
ドアをノックする音が聞こえた。

「・・・はい?」

呟くように答えてから、ベッドからドアまでの距離に気づき
これでは声も聞こえないか、と
仕方なくドアの前まで歩いていく。

「どうぞ?」

改めて声をかけながらドアを開けてみると、目の前にたっていたのはクラウドだった。

「ちょっといいか?」

めずらしく自分を気遣うような言葉をかけるクラウドに違和感を感じながら柚有は頷いた。


低いテーブルを挟んで向かい合わせになったソファにそれぞれ座り
侍女に熱いお茶を持ってこさせるとクラウドは思いついたように言った。

「お前、あの銀色の笛は持ってきたか?」

「うん、ちゃんと持ってきたよ。
 それにないと困るの自分なんだよね。手元にないと落ち着かなくてさ。」

話ってそれか、と内心ほっとしながら柚有は苦笑した。

「明日、カレルの前であの笛を吹いてもらう。」

「・・・え??別にいいけどなんでわざわざ?」

まったく意味がわかっていない様子の柚有にクラウドは軽くため息をついた。

「今のところお前はあの笛を吹くことで、一番力を集中させているだろう?
 お前が今扱える力の程度を見てもらうにはちょうどいい方法だ。
 まあ、あの笛が珍しいということもあるが。」

「あ、ああ。そういうこと。」

ようやく納得した様子の柚有をみながら、
クラウドはついさっきカレルと話し合った内容をなかなか口にできないでいた。

それは柚有をカレルに預けクラウドの代わりに特訓してもらう、というものだった。
なぜこんな結論に行き着いたのかといえば、カレルの善意であったとしかいいようがない。
けれどクラウドにとっては、なぜか気の進まない提案であった。
理由もわからぬのに善意を断るようなこともできず、結局カレルの提案は実行されることになった。
確かに、最近闇の力をもつ者達が怪しい動きをしているという報告をあちこちからうけ
クラウドもいつにも増して忙しい日々が続いている。
正直、朝晩柚有の相手をする時間はなくなりつつあった。
しかし、柚有の力は闇との戦いになくてはならない、いわば切り札だ。
自分以外の者がその力を育てるのならばそれなりの者でなければならない。
その上でカレルの、「それならば私のところで。」という一言は嬉しいものに違いないのだが。
それとは別のところで、何かがひっかかっていた。

「ねえ、どうしたの?急に黙っちゃって。」

不思議そうに自分をみつめる柚有の声で、クラウドは我に返った。

「ああ、すまない。考え事をしていた。」

なおも首を傾げる柚有に苦笑しながら、クラウドは話し出した。

「お前を、ここに、カレルのもとに残していこうと思う。」

「は?!なんで?!」

クラウドからの思いがけない言葉に、柚有は思わず不満気な声をだしてしまう。

「嫌か?」

予想していた通りの柚有の反応にクラウドは内心ほっとしている自分に驚く。

「嫌か?って・・・理由は何なの?」

「カレルから力の使い方を学ぶためだ。」

「それならクラウがやってくれてるので十分・・・」

言いながら、柚有は思い出した。
いつもポーカーフェイスのクラウドが、最近は疲れを隠しきれていなかったことを。
「闇の勢力」という単語をあちこちで聞くようになっていたことを。
つまり、クラウドは柚有の気持ちだけは本気で真剣に取り組んでいるとしても、目的がなく
実際にはお遊びに近い力の鍛錬に付き合っている場合ではなくなったのだ。

「そっか、じゃあ私もういいよ。力の鍛錬。」

「お前、なにを?!」

予想外の柚有の言葉にクラウドの目の色が瞬時に変わる。

「だってクラウド忙しくなったから私にかまってる場合じゃなくなったんでしょ?
 ならもう力はいいから。私宮殿で大人しくしてるよ?ロアもいるし。」

事も無げに言ってのける柚有をクラウドは厳しい眼差しで見つめていた。

「な、なに?私なんか悪い事言った?」

自分がそう言いさえすれば解決する問題だと思っていただけにクラウドからなんの言葉もなく、
しかも非難するような目で見られたことで柚有は怪訝な顔をしている。

「お前に、まだ言っていないことがある。」

さきほどの声音とはがらりと変わって低く鋭い声が柚有の全身を緊張させた。

「・・・何のこと?」


「お前の返事次第で、この国の運命が変わるといっても過言ではない。」


確かに自分に向かって投げかけられたはずのクラウドの言葉だったが
このときの柚有には、それは他の誰かに向けられた言葉としか思えなかった。
思いたく、なかった。






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