15.赤子攫い




赤の神殿に程近い、宮殿にもひけをとらない大きな屋敷の豪華な広間で、
柚有は、来なければよかったと思ってしまうくらいの
居心地の悪い雰囲気を味わっていた。

「クラウド様、お部屋の用意ができたようですが・・・
 僕と一緒の部屋でもよろしいのですよ?」

にこにこと・・・けれど柚有からみればいやらしいとしか思えない
笑いを浮かべながら、赤の神殿の神官カレルは言った。
椅子に座ったクラウドの右肩に手を置き顔を覗き込むという、
不自然なくらいの意図的な密着度を感じさせる身のこなしを
柚有はことさら冷えた目で見つめている。
クラウドの機嫌はどうなのかとふと気になった柚有が視線を走らせた
その一瞬にセラウドと同じように長く伸ばされクラウドと同じ茶色の髪が
柚有の視界をうまく遮り、クラウドの表情を隠した。

「いや、お前の邪魔はしたくないからな。ユウの部屋も用意してくれたか?」

しかし当の本人はカレルには慣れているようで、
そのペースに飲まれることもなく淡々と話を進めている。

「ああ、もちろんです。」

そう言いながら初めてその存在を認めたかのように自分を振り返ったカレルの顔を見て、
柚有は自分の目を疑った。

――満面の笑み・・・。

カレルのクラウドに対する態度を見てから、
敵意を向けられるくらいの覚悟はとっくにしていた柚有は拍子抜けしてしまった。

「ユウさんにも最高に居心地のよいお部屋と侍女を2人、用意させていただきました。」

優しげに微笑むその姿は、セラウドにも通じるものがあると感じるくらいで・・・・・・

「は、はあ。ありがとう、ございます。」

ほっとしたようなまだ警戒が解けないような心中で、答えた声も半信半疑な響きをもってしまう。
すぐにカレルに促され侍女だという女性に、
居心地が良さそうと言うよりは豪華絢爛な部屋へ案内してもらった。



――この世界でもいるんだな・・・いわゆるホモ?

このゼーダ国の者ならば、その姿を目にすればひれ伏してしまうくらいの
存在のうちの1人に対する柚有の感想はそれだった。
もちろんお飾り的な存在ではなく、
神官であるからにはずば抜けて高い魔力をもつ男でもあるのだが
会ってから今までカレルは始終クラウドにべったりとくっついていただけで
そんな素振りはまったく見せなかった。

そのため柚有は当初の目的もすっかり忘れて、
クラウドも実はそっちのほうの人間なのだろうかなどと
あらぬ方向へ思考を進め、1人悶々とし始めていたのだった。











「それで?クラウド様、あの少女は一体何者なのですか?」

にこにことしたその表情は崩さないまま、カレルはクラウドに問いかけた。
目が合った瞬間から、カレルには少女が只者ではないことが感じ取れていた。
ただ、見た目は普通の少女である。腕輪の石も大した光を宿しているようにはみえない。
しかし、何かがある。カレルはそう踏んでいた。

「さすがだな。ユウは異世界から来た者だ。しかもゼーダの力を受け継いだ。」

こともなげに言ってのけたクラウドをカレルはいつも以上に凝視した。

「・・・なっ?!」

「それよりカレル、もう少し普通にできないのか?
 あれではユウは完全に勘違いしているだろう。」

カレルはクラウドの不機嫌な声にいつものようにじゃれついておきたかったが、
そのまえのクラウドの言葉がまだ飲み込めずにいた。

「異世界?!ゼーダの力とは・・・まさか、そんなことが・・・」

絶句するカレルを見やりながらクラウドは1つ深いため息をついた。

「本当だ。お前も知っているとおりの伝説と化していた話がユウがあらわれた時、
 実際に起こった。」

「それでは、最近闇の勢力が集結し始めているという噂も?」

「事実だ。そして、このロットに起こっている異変もおそらくは。」

「まさか・・・。」

クラウドと柚有が到着してからというもの、始終笑みが絶えなかったカレルの目から
柔らかさが消えた。
みるみる険しい表情に変わっていくカレルの顔を静かにみつめながら
クラウドは椅子から立ち上がりカレルの肩に手を置いた。

「かといって奴らもまだ急激な動きはとれぬだろう。
 今のうちならば・・・俺に賭けともいえる案がある。協力してはくれないか?」

そう言ったクラウドの漆黒の瞳には
真剣なと形容するにはあまりにも冷たく、鋭すぎる光が宿っていた。





火の力、赤い光をもつ人々が住む街、ロット。
この街では最近妙な事件が続いていた。

それは「赤の光をもつ者を両親にもつ赤子が、何者かによって攫われた。」というものだった。
これまでに例がない話というわけではなかった。
しかし、そんなことが起こるのはせいぜい3、4年に1回ほどの話であって
ここ2ヶ月で7人もの赤子がいなくなったというのは尋常ではない。
神殿でも、かなりの人員を割いて捜索にあたっているがいっこうに手がかりはつかめないのだった。
そして、手がかりがつかめないところを見ると
赤子達が既にこの街にいる可能性は低いとしかいいようがない。
しかし、犯人は何のために生まれて間もない子供達を攫っていったのか・・・?
赤子達の行方も知れず、犯人の見当もつかず、この事件は闇に包まれつつある。
しかし、一旦ほとぼりがさめたかと思うとまた新たに生まれた赤子がさらわれていくのだ。
ロットの街の人々は、異様に緊迫した面持ちで通りを歩き、
赤子の泣き声に過剰に反応するようになっていた。
次に狙われるのはあの子ではないか、と。


この事件の報告をうけたクラウドはそれに闇の勢力が絡んでいるのではないかとにらんだのだ。
いくら犯人が巧妙な手口を使ったとしても単独で何人もの赤子を攫って、
何の手がかりも残さないというのは無理がある。
そして、攫うのは両親が共に純粋に力を受け継いできた者である赤子だけ。
そのことが、不可思議な事件を一層奇妙なものにしていた。


――この街から、何かが起こる。


クラウドは確信めいたものを感じていた。






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