14.外へ




「では、ユウはクラウドと一緒にロットへ行ったのですね?」

「はい。セラウド様にお知らせしようとしたのですが、
  クラウド様に止められて・・・。」

ロアが気まずそうに言葉を濁す。
穏やかだが奥には強い意志が見て取れるその瞳が、所在なさげに泳いだ。
そんな彼女を見てセラウドは苦笑した。
何かと気が利く上に、魔力も相当なものである彼女は本来自分の傍で
働いていてくれていたのだが、ユウが現れてその世話を頼むようになってからは、
どちらかというとクラウドの傍に控えていることが増えていた。
ユウのことに関しては意見が対立しがちな自分達の間に入る時も、
結果的にクラウドの方に従うことが多かったようにみえる。
そのことは本人も自覚していたようで、それ故の申し訳なさそうな態度だった。

「あなたにユウの世話を頼んだのは私です。」

セラウドのゆったりと穏やかな口調にロアはひたすら恐縮する。

「はぁ、しかし・・・」

「ユウの傍で彼女のことを最優先に考えてやりなさい。私の命令はそれだけです。」

透き通るような灰色の瞳に見つめられて、ロアは一瞬諦めたような顔をし
その命令をうけた。

「・・・かしこまりました。」

その柔らかな金色の髪を垂らして深々と礼をした彼女は、部屋から出て行こうとしたが

「ロア。」

不意に名前を呼ばれて、ロアはまだ何かあったかと不思議に思いながら振り返った。

「何でしょうか?」

「あの2人の事、どう見ていますか?」

その問いの意図を計りかねて、ロアは首を傾げた。

「と、申しますと?」

「何か、気づきませんか?」

探るような響きをもったセラウドの声に、ロアは考えをめぐらせる。

「いえ、最近はお2人ともようやく仲良くなられたようで・・・。
 ユウ様も、今ではクラウド様にすっかり心を許していらっしゃいます。」

ロアは漠然とよい事のように思っていたが、それを聞いたセラウドは
いよいよ困った表情を強めた。

「・・・知っていますか?
 クラウドが王がもちだす結婚話に、以前にも増して興味を失くしていることを。
 一昨日など、候補である他国の姫と会う時間を臆面もなく反故にして、何をしていたと?」

「・・・ユウ様の鍛錬を、なさっていた?」

セラウドが危惧していることに気づいたロアは少し青ざめながら答えた。

「その通りです。このままでは、王の耳によからぬ噂話が届くのも時間の問題です。
 2人は近づき過ぎた。
 クラウドには私から言います。ユウにはあなたから話しておいてもらえますか?」

「承知いたしました。」


もう一度丁寧に礼をして部屋をでていったロアを見届けてから、セラウドは深いため息をついた。
クラウドはいずれこの国をまとめる地位を得る、紛れもない後継者である。
パートナーにも、政略結婚とまではいかずともそれなりの人物がふさわしい。
本人達にそんな気が毛頭ないのは傍にいるセラウドやロアにならわかる。
だがクラウドがあまりにもユウに気をかけ、時間をさきすぎれば
侍女達の無責任な噂話が広まってしまうのは目に見えているし、
それが王の耳にも入り、その関係を疑いはじめるのも時間の問題だ。
そうなれば・・・

思い出したくも無い、けれどいつでも頭の隅に潜んでいるその過去に
セラウドは2人の行く末を案じた。

――二度とあんなことはあってはならない。ユウは、必ず無事に元の世界に帰すのだ。

部屋の片隅にある少女の肖像画はいつでも、セラウドの瞳に
遠い日に起こった悲劇の残影をみせる。
忘れてしまいたい悲劇。忘れたくない、忘れてはいけない1人の少女。
自身の矛盾する二つの思いにセラウドは長く、悩まされ続けていた。





「クラウ、あれは何!?」

宮殿から一歩でてからというもの、柚有はいつもより数倍高いテンションではしゃいでいる。
小さな馬車の窓から見える物の一つ一つを指差してはいちいち驚く。

「知らない。」

「知らないわけないでしょ?」

「・・・。」

宮殿の高い塀の外にでた途端、柚有の質問攻めにあったクラウドはこの上なく不機嫌だった。
元来、人の疑問にいちいち丁寧に答えてやるほどの親切心を持ち合わせていない。
そんなクラウドを知ってか知らずか、明らかに機嫌を損ねた彼を少しも気にかけず
柚有は感じた疑問をそのまま口に出し続けている。

「無視?!あーあ、やっぱりロアについてきてもらえばよかった。」

それ以上クラウドに問いかけるのは無駄だと悟った柚有は明らさまにため息をついてみせた。

「奇遇だな。俺も今そう思っていたところだ。ガキの相手は俺1人じゃ手に余る。」

ようやく反応をみせたクラウドを柚有は思いっきり睨みつけた。
その強い瞳は、戦う者がまとう気迫と大して差はないようにみえる。

「ガキにしてはいい目だな。だが迫力だけ強くて実力が伴わないと痛い目にあう。」

ふふんと笑ったクラウドに反撃したいのはやまやまだったが、
柚有はその言葉の意味を掴みきれなかった。

「どういうこと?」

不服ではあるが、仕方なく問い返す。

「気にするな。」

再び急にそっけなくなった返事は、それ以上の問いかけを拒絶する響きをもっていて
柚有はその後に言葉を繋げられなかった。
大人しくなった柚有を横目で見やり、クラウドは小さく息を吐き出した。
適当な言葉をいったつもりはない。それは本当のことだ。
けれど柚有に対して言う必要はまったくない言葉である。
ただヒナのようにピーピー騒ぐ少女を黙らせたいがために咄嗟にでたものだった。

けれど口をついてでたその言葉は、クラウドにとっても意外なものだった。
理解できなくても仕方が無い。
彼女は戦うために魔力を使ったことは一度も無いのだから。

クラウドが柚有に教えたのは、簡単な防御の魔法、
あとはひたすら一点に魔力を集中させることだった。
この国から闇の力を消すためにクラウドが考えている戦略の中で、それは最も必要な能力である。
柚有は、クラウドの目的どおりに力を成熟させている。
闇の勢力が動き出している今、
より早くその能力を洗練させるためにクラウドは柚有にそれぞれの神殿の神官を訪ねさせ、
その魔力を目の当たりにさせようと考えていた。
1ヶ月間で柚有に関して気づいたことの1つが、
彼女が目標が高ければ高いほど意欲的に努力するタイプだということだ。
はじめは、神官の最高位である光の神殿の神官、兄セラウドに頼もうと思っていたが、
断られるのは目に見えていた。
今回の視察は、いい機会だった。柚有を連れてきた本当の目的はそれだ。

「ねー。」

長い沈黙に耐えかねたのか、また柚有が口を開いた。

「セラウドさんって結構過保護だよね。」

くすくすと笑い出した柚有に、クラウドは怪訝な顔をした。

「何の話だ?」

「だって初めて街に行ってみようと思って塀の前にでた時、
 いつのまにか背後にセラウドさんがいてさ。にっこり笑ってだめですよ、って。
 でも、セラウドさん外を歩いてもいいって言ったじゃない?
 そう思ってよく聞いてみたら外っていうのは建物の外、塀の中。
 つまり庭のことだって言うんだから。」

なおも楽しそうに笑う柚有を見ながら、クラウドは納得した。
事情を知らない柚有からみれば、なるほどそれは過保護な行動なのだろう。

「お前みたいなのが1人で外にでたら何をしでかすかわからないと思ったんだろう。」

「クラウじゃあるまいし。セラウドさんはそんなこと思ってないよ。」

どうやら柚有の中でセラウドはクラウドよりも格上らしい。
それに関してはなんだか癪な気もしたが、言い返したら余計うるさくなるのは分かっていたので
クラウドは関心をもっていないフリを決め込んだ。

「また黙るし。」

心底つまらなそうに呟いた柚有はソファのように柔らかい背もたれに頭を預け、
思いっきり背中を反らせ腕を伸ばした。
柚有にしてみればリラックスするための、クラウドにすればだらしないことこの上ない
その動作をみてクラウドは嘲笑ともとれる笑いをよこした。

「だからガキだと言っている。」

「何?聞こえない。」

聞こえないふりでさらに狭い馬車の中で縮こまった身体を伸ばそうとする柚有を
あきれた顔で見ながらクラウドは言った。

「見ろ。着いたぞ。」






前へ  indexへ  次へ