13.展望




「そう言えば初めに異母兄弟とか言ってたっけ。」

この世界にきて1ヶ月が過ぎ、ユウはすっかりロアと打ち解けていた。
誰に対しても無意識に使っていた敬語もロアの前では
いつのまにかリラックスして砕けた口調になっている。

「はい。お2人の母君とも、大変お美しく申し分の無い方で・・・」

惚れ惚れするようなロアの口調に柚有はこっそりとため息をついた。

――また美形?ロアでさえ十分すぎるほど綺麗なのに
   そのロアがこんな風に言うなんてどんな美人よ。

「へぇ・・・。お2人って、そっか。正室とか、側室とかそういうこと?」

「はい。セラウド様の母君が正式な王妃、
 そしてクラウド様の母君がご側室にあられました。」

「じゃあ、次に王様になるのはセラウドさん?」

「いいえ。後をお継ぎになられるのはクラウド様と決まっております。」

「え、なんで?セラウドさんがお兄さんでしょ?それで、正室の子供でしょ。」

「セラウド様は、すでに神官という尊いご身分ですので。
 この国の政、つまり王位はクライド様が継ぐのです。」

「ああ、政教分離ってやつ?」

柚有の言葉に、ロアは首を傾げた。

「セイキョ・・・ブンリ?」

変なところで区切られたその言葉に柚有は苦笑した。

「いや、ごめんね。私のいた世界では国の政治をする機関と、
 神とかを祭る機関の役割をきっぱり分けることをそう言うの。」

「はあ、そうでしたか。では、ユウ様のおっしゃるとおりです。」

ふわりと笑ったロアに、柚有も微笑んだ。

「あっ!!」

ふと時計をみやった柚有が声を上げた。

「早くしないと鍛錬に遅れちゃう!!クラウすぐ怒るから!」

いつからか、クラウドのことを呼び捨てで呼ぶようになった柚有をロアはにこやかに送り出した。
この世界に慣れてきたのはいいことだ。
しかし心を開いていく柚有を嬉しく思う一方で、ロアはあることを思い出し苦い気持ちを
味わわずにはいられなかった。

――ミユキ様。ユウ様と同じように異世界から現れ、けれどこの世界で命を落としてしまった少女。

ロアの脳裏に柚有より少し年上の、けれどよく似た外見の少女の笑顔が写る。
ミユキの存在をユウに語ることは、王から2人の王子からも固く禁じられている。
ロア自身も、ユウが知らずにすめばその方がいいと思っていた。
けれど、何故だろう。
ロアにはユウがミユキと同じ道を辿ってしまうような気がしてならないのだ。

――それならば、ミユキ様のことをお話しておいたほうがよいのでは。

無論、主の命令に背こうなどとは思っていない。しかし・・・。
ロアの心は揺れていた。






広間についたユウはいつも通り鍛錬を始めた。
1ヶ月間1日も欠かさずクラウドから指導してもらったおかげで、
柚有は自分の持つ力の7割を自ら解放し、コントロールできるようになっていた。

力の解放で高ぶる身体とは逆行するように神経を冷静に研ぎ澄ませていく。
気持ちの揺らぎがなくなればなくなるほど、水晶玉に映る光はその純白の輝きを増していった。
一筋の汗が柚有の右頬を伝っていく。

「よし。大分体力がもつようになったな。」

ひたすら目の前の水晶玉のようなものに力を注いでいたユウにクラウドから声がかかった。
集中力は元々あったといっても、持久力がなければ話にならない。
完璧に均衡のとれた精神力と体力、それが力を完全に自分のものにするための鍵だ。
初めはきつい運動にまったくやる気を示さなかった柚有も、
それを肌で感じるようになった最近では、持久力がつくよう自主トレーニングもしていた。
これといってやることがない柚有にとって、それはある種の楽しみでもあったのだ。

そして、滅多によしとは言わない彼からの嬉しい言葉を耳にし、柚有は内心ガッツポーズをとる。

「でしょ?やっぱ私飲み込み速いなあ〜。」

「いや、俺の特訓のおかげだろう。」

さっきの言葉はどこへやら、しれっと言い放つクラウド。

「そうやってクラウは・・・本当はこんな出来のいい弟子で嬉しいんでしょ?」

にこりと笑い、下からクラウドの目を覗きこむユウ。

「お前は俺の弟子ではない。それに、いつから俺にそんな口をきけるようになったんだ?」

1ヶ月間、朝と夜1日に最低2度は顔を合わすうちに、
2人は軽口も叩き合えるようになっていた。
初めこそ、王子だと聞いて少々萎縮していた柚有も、クラウドの性格を知り王子という単語とは
かけ離れた物言いを聞くうちに反論せずにはいられなくなったのだ。
柚有も元来、幼い頃から口がたつほうだったのでクラウドのような人物と
言い合えるのは、正直楽しかった。
心から親切にしてくれるロアとはまた違った感覚だった。

「いつからだっけ?」

あっけらかんと逆に問い返されて、
微かに感じたむかつきもどこかに消えてしまったクラウドは1つため息をついた。

「・・・行くか?」

急に話の矛先を変えられた柚有は、的を得ない表情で問い返す。

「どこに?」

「宮殿の外。」

「・・・いいの?!」

クラウドは、一瞬で広がった柚有の満面の笑みに思わず自分も微笑みそうになるのを自覚する。

「力の解放も大分安定したし、自己防衛のシールドの魔法は教えただろ?
 ま、いざとなっても俺がいるから心配はないな。」


それなら初めからクラウが一緒についてきてくれればよかったのに。
と思った柚有だったが、ここでクラウドの機嫌を損ねるわけにはいかないので大人しく頷く。
柚有はこの世界のことを何も知らない上に、魔法もまだ使えないという理由から
今まで宮殿の外、街を歩くことを禁止されていたのだ。

「クラウがついて来てくれるの?」

昼の間はクラウドも後継者らしく王の仕事を手伝っているはずなので、
柚有は訝しげにたずねた。

「正確に言えば、おまえがついて来るんだ。赤の神殿へ視察にいく。」

「赤の神殿?」

確か自分が初めにいたのは光の神殿だったか、と柚有は首を傾げる。

「ロットに異変が起きているらしい。」

「ろっと・・・?」

「ああ。火の力を司どる者達の街だ。」








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