12.過去




「兄上、あまりユウを驚かさないで頂きたい。」

セラウドの信じがたい言葉に絶句していた柚有の背後で突如、
笑いを含んだ声がした。

「クラウド、私はいたずらに彼女を不安にさせている訳ではありません。
 あなたが一番わかっているでしょう?私が何故こんなことを言うのか。」

セラウドは、クラウドがやってくることを初めからわかっていたかのように
にこやかに応える。突然のクラウドの登場も手伝って、
柚有はもう何がなにやらわからないと言った風に少し青ざめた顔で
口をぱくぱくさせている。

「ユウ、心配するな。元の世界へはちゃんと帰れる。」

クラウドの力強い口調に柚有はやっとのことで口を開いた。

「そう、ですよね。セラウドさん今のは・・・えっと、心配のしすぎですよね?」

同意を求めるようにセラウドのほうを見ると、柚有の期待に反して
その瞳は厳しいままだった。

「兄上。いい加減にして下さい。・・・ユウの不安が増えるだけだ。」

クラウドの口調が明らかにセラウドを非難するようなものに変わった。

「クラウさん、あのセラウドさんは私を心配してくれて――

「ユウ、あなたはまだ何も知らないのです。ゼーダの力の本当の意味について。」

不穏な空気をどうにか取り去ろうとセラウドの弁解をしていたつもりの柚有を、
セラウドは鋭い口調でさえぎった。

「え・・・?」

「力がなんのために受け継がれたのか、疑問に思いませんでしたか?
 クラウドは・・・それをあなたに説明しましたか?」

なおも静かだが有無を言わせない口調で柚有を問い詰めるセラウドを
クラウドは苦々しげに見やる。

「兄上、そもそも力の鍛錬はユウ自身が望んで始めたこと。」

そんなクラウドの言葉をまったく無視するように、セラウドは柚有の目を真っ直ぐに見て言った。

「ユウ、真実が知りたくなったらいつでも私のところへ来なさい。
 いや、たとえ知りたくないとしてもあなたはすべてを知るべきなのです。」


話し込んでしまいましたね。もう、部屋へ戻ってゆっくり休んでください。
突然セラウドはいつもの優しい口調に戻り、ユウを部屋から送り出した。
しかし、柚有の頭の中にはいつまでもセラウドの厳しい口調が残っていた。
あれほど厳しいセラウドの様子には驚いたが、
その真剣な眼差しには決して嘘偽りがないように思えた。

――ゼーダの力の意味。受け継がれた理由。

すっかり頭の片隅に追いやっていた疑問が、再び柚有の中でまわりはじめた。









「何故兄上がそこまでユウのことを案ずるのか、私にはそれが理解できない。」

2人きりになったセラウドとクラウドは、さきほどの緊張感も解けないまま
お互いに相手の様子を探るように会話を続けていた。

「簡単なことです。いずれここを去る人間をこの国のことに
 巻き込むわけにはいかないでしょう。」

それは確かに柚有に関しての言葉であるはずなのだが、
クラウドには兄がどこか遠くをみているようにみえた。
いずれここを去る人間。
その言葉は気のせいか他の言葉よりも際立って発音されたように思えた。
何か、漠然としたものではなく特定のものに向けられた響きのように感じたのだ。

「ミユキのことをお考えか・・・。」

クラウドは静かに振り返り、小さなテーブルの上に控えめに置かれている
写真たてのようなものに入った肖像画を見た。
その中で、ユウと同じ黒髪に焦げ茶の瞳、少し黄色がかった白い肌の少女が笑っていた。

「ミユキ・・・?今更その名前がでるとは、心外ですね。」

いつもならばクラウドの専売特許のはずの、
人をばかにするような笑い顔をつくってセラウドは呟いた。

「しかし他に何が?」

「ミユキのことは、あの日に今後一切口にしないと、
 その存在そのものを忘れると王に誓ったはずです。」

「それでも私には、兄上がユウにミユキを重ねているように見えますが?」

クラウドの漆黒の瞳がじっとセラウドを見つめる。

「ある意味ではそうかもしれません。私はユウをミユキのようにだけはしたくない。」

苦笑いをしながら何気ない風に言ったセラウドだったが、
クラウドはそこにいつもとは違う兄を感じた。
いつもならばこの世のすべてを慈しんでいるかのように優しげで包み込むようなその眼差しが、
今は冷たく鋭い光を隠しきれていないことをクラウドは見逃さなかった。

「あの日」にだけセラウドが見せた、見る者すべてを凍らせるように冷たい眼差し。

――いけない。

クラウドは兄の心の傷がいまだ癒えていないことを、それどころか深くなっていることを悟った。
今しがた言った言葉が紛れも無い兄上の本音だろう。
しかし、この話題にはもう触れてはならない。



「兄上が言う異世界から来た者を巻き込みたくないというのはつまり、
 よそ者にこの国をかきまわされたくない、そういうことでしょう?」

唐突で明らかに不自然だが、少しの淀みもなく確信めいた口調で言ったクラウドに
セラウドは静かに微笑んだ。

「そう、聞こえていましたか?」

そう問い返されたクラウドはしかし、兄の表情から彼が自分の筋書きにのったことを悟った。
弟の目をじっと見つめながらセラウドは続ける。

「ユウの得た力は強大すぎます。その力を完全に自分のものにした後、
 彼女が少しでも考えを誤ったら・・・この国だけではない。この世界は、終わりです。」

「それを・・・本音とするのですね。」

セラウドの口調を真似たクラウドが、聞き取れぬほどの低い声で囁いた。

「わかったら、ユウに力の扱い方を教えるのを今すぐ止めなさい。」

さきほどのような厳しさを含んだセラウドの声に、クラウドはにやりと笑った。

「それはできません。」

「何故?!」

答えたクラウドに、セラウドは今度こそ言葉を失った。

「闇の勢力が動き出しました。ある者のもとに集結し始めている。」







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