11.波紋




「ロア、ユウの様子はどうだ?」

「はい。少々無理をなさっているようにもみえますが、
 頑張るとはりきっておいででしたわ。それにしてもクラウド様。
 ユウ様はいずれお帰りになるのですから、
 それほど熱心にご指導されなくても・・・。」

「そうはいかないのだ。」

意図的に、ほんの少しからかう調子を含ませた自分の言葉に対してかえってきた
クラウドの言葉は予想外に厳しいものだった。
ロアは、その漆黒の瞳に何か強い意志があらわれていることに気づく。

――ユウ様は、何か大変なことに巻き込まれてしまうのでは・・・。

ロアの胸に小さな不安が走った。





「陛下、およびでしょうか。」

「セラウドか。お前達、娘を一人宮殿に連れ込んだそうではないか。」

「はい。その少女ですが異世界から迷い込んできたようです。
 光の神殿に倒れていたのを連れてきたのですが、どうやらただの少女ではないようで。」

「異世界?前例はあると聞いているが、それだけでも只者ではなかろう。どういうことだ?」

王は何か思いあたることでもあったのか、声にほのかな笑いをにじませた。

「その少女が、ゼーダの力を受け継いだようでございます。」

窓の外を眺めセラウドに背を向けていた王が、突然振り返る。

「なんだと?!」

「昨夜、私とクラウドが確認しました。
 あの少女の体を覆っていた純白の光は間違いなくゼーダの力です。」

「何故今頃・・・。闇の力が動き出す予兆か。」

クラウドと同じ漆黒の瞳が、鋭く光る。

「残念ですが、そうみるのが妥当かと。
 神殿からも警戒を強めるよう各都市にふれをだしました。」

「そうか。それでその娘、どうしている?」

「クラウドが、力の使い方を直々に指導しています。」

「クラウドが?」

「はい。戦いになれば、その力が利用できるのではと。」

「なるほど。奴に任せておけば問題ないだろう。しかしその娘の行動、注意深く見張っておけ。」

王は満足気に2、3度頷くと話を終わりにした。





王はクラウドに絶大の信頼をおいていて、彼の決断に対して否ということはまずない。
それは今に始まったことではないのだが、このままではユウは確実に
この国の戦いに巻き込まれてしまう。
そうすれば、1年後に元の世界へ帰してやれるかどうかさえわからなくなる。
神官となった自分が国の政に口をだすことはもはや叶わないとわかっていても、
セラウドは何とかこれを止めたかった。
しかも、状況を完全に把握していないユウは力の鍛錬に乗り気なのだ。

――ユウに真実を話し、鍛錬を止めさせるか・・・。

それをクラウドが黙ってみているとは思えなかったがとにかく話してみなければ始まらないだろう。
セラウドはロアを呼んだ。

「御用でしょうか?」

「ユウに、夕食を終えたら私の部屋へ来るよう伝えてください。
 ・・・それから、彼女の様子に少しでも変化があればすぐに報告を。」

「かしこまりました。」







「ユウ、ここでの生活には馴染めそうですか?」

夕食後、ロアからセラウドが自分を呼んでいることを聞き彼の部屋まで連れてきてもらった。
そしてにこやかに出迎えてくれたセラウドに勧められるまま、
とてもすわり心地のよい上質なソファに腰掛けたまではよかったのだが。
目の前に向かい合うようにして座ったセラウドの顔をまともに見ることができない。

昨日は後ろでゆるく束ねられていた紫色の髪は
今はさらさらと肩から零れ落ちるようにして流れている。
その瞳の色は濃い灰色で、限りなく優しい光を帯びている。
彼の見た目の美しさはもちろんなのだが、何よりもその深い声が。
その何ともいえない響きは、無意識に安心して柔らかくほぐれていく神経とは裏腹に
柚有の手足をぎこちなく硬直させていた。
安らぎとともに、緊張感さえも与えるその響き。

――本当に、なんて声だろう・・・。

「ユウ?気分でも悪いのですか?」

ずっと俯き加減で一言も喋らない自分を不思議に思ったのか、セラウドが問いかけた。

「い、いえ!!大丈夫です。
 あの、ここでの生活・・・初めてのことばかりで驚くことも多いですけど、
 何とかやっていけそうです。クラウさんに力の使い方も教えてもらってるし。」

柚有の言葉に、今度はセラウドが押し黙った。

「あの、どうかしましたか?」

戸惑いがちにたずねる目の前の少女を改めて見つめる。
どんな理由があろうとも、いずれ去っていく者、ましてや異世界の者を
いいように利用するようなことなどあってはならないのだ。
セラウドは、柚有にすべてを話す決心をした。

「ユウ、あなたのもつ力はあなた自身を危険に巻き込む可能性が高いものです。
 おもしろ半分に使いこなそうなどと思ってはいけない。」

今までただただ優しかったセラウドの声音が微妙に変わったような気がして柚有は眉をひそめる。

「どういうことですか?それに、私おもしろ半分なんて・・・。
 クラウさんにちゃんと教えてもらってます。」

なんだか馬鹿にされているように感じて思わず不機嫌な口調でかえしてしまう。

「そのために、元の世界に帰れなくなってしまうとしても・・・?」

突然すぎるセラウドの言葉に顔を上げ、思わずその瞳を見つめ返した柚有だったが
セラウドの真剣な表情にその言葉が冗談などではないことを悟った。


――力のせいで、帰れなくなる?!






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