10.鍛錬




翌朝、ユウがクラウドに連れてこられたのは
天井が突き抜けるように高い広間だった。
そこに家具や物はいっさいなく、塵1つなく磨き上げられた大理石の床が
広がっている。

「そういえば、ユウにも腕輪がいるな。」

「腕輪・・・?」

この場面でその単語がでてくるのは突拍子もないことに思えて、
柚有は首を傾げた。

「ああ。魔力を持つ者は大体が8歳で力を解放した後透明な石が埋め込まれた腕輪を
 することになっている。この石を媒介にして力をひきだすのだ。その魔力が洗練され、
 持ち主によって使いこなされるほど石が光の色を帯びてくる。・・・みろ。」

そういってクラウドが差し出した左手首には、
ルビーかと見間違うほどに見事な赤い輝きをもつ石が埋め込まれた腕輪がつけられていた。
いぶし銀のような鈍い光を放つ腕輪の土台とのコントラストによって
赤の光はよりその美しさを増しているようだった。

「赤い光・・・。クラウさんは火の力を使うんですか?」

「よく覚えていたな。そうだ、俺は火の魔法を最も得意とする。
 ・・・さあ、お前もつけろ。」

そう言って差し出されたのは土台こそクラウドと同じ、くすんだような銀色だったが
真ん中の石は透明で光もなくまるでプラスチックのおもちゃのようだった。

「全然ちがう・・・。」

柚有の口からこぼれた言葉にクラウドがあきれたように言う。

「当たり前だ。お前はとても強い力を持っているが、まだ解放すらできていないのだ。」

「この石も私が力を使いこなせるようになれば綺麗な宝石みたいになりますか?」

「もちろん。」

この世界で最も美しい光をもつ石に、な。
口の端を上げてにやりと笑いながら、クラウドは心の中でそう付け足した。
ユウにはそうなってもらわなければ困るのだ。いつ闇の力が暴走をはじめるかわからない。
一刻もはやく、その力を使いこなせるだけの器になってもらわなければならない。

「では、始めるぞ。」

低く呟いたクラウドの声で、ユウの初めの鍛錬が始まった。










「それでは、ユウ様はいきなり力の解放に成功なさったのですか?」

昼過ぎまで、4時間連続でクラウドから力の使い方を習っていたユウは
へとへとになって部屋に帰ってきた。
それを待ち受けていたのが、冷たい飲み物を用意したロアだった。

「うーん・・・そうみたいです。なんだか精神面はけっこう強いらしくて。
 クラウさんが言うには、楽器を吹くことと関係があるんじゃないかって。
 集中力とか、音に敏感に反応する感覚とか・・・。繋がるところがあるらしいです。」

レモネードのような爽やかな酸味をもつ飲み物を一気に飲み干した柚有は
感心したようにいうロアに答える。

「でも、体力的には全然だめだって。馬鹿にされました。」

不服そうな柚有にロアはくすりと笑ってしまう。

「解放が一回で成功するだけでも、十分に素質がおありになる証拠です。
 これからクラウド様が存分に鍛えてくださいますよ。」

「それが心配なんですけど・・・。あの人、Sじゃないですよね?」

柚有の歯に衣着せぬ物言いに今度こそロアが声をたてて笑いだした。

「わ、笑い事じゃないですよ!今日だって、やっとのことでこなしてたのに・・・。
 これから毎日早朝と、夜の2回教えてくれるとか言ってましたけど、
 クラウさんは王子でしょ?忙しくないんですか?」

「ですから、早朝と夜なのでしょう。日中は王の補佐で大変お忙しいお立場ですから。」

ロアの言葉に柚有は納得した。
けれどそれだけ多忙である、しかも一国の王子が何故直々に教えてくれるのか。
ありがたいけれど、あの厳しさは少々きついものがある。

「あの、クラウさんに直々に教えてくれなくても他の人で構わないって
 言っといてくれません?・・・そうだ!ロアは使えないんですか?魔法。」

「わたくしですか?使えますが・・・ユウ様はクラウド様がお嫌いなのですか?」

意味深な微笑みとともにそう尋ねられて答えにつまる。

「い、いやその。クラウさんが嫌いとかじゃなくて、出来ればもうちょっと
 ゆっくりやさしく教えてくれてもいいんじゃないかなーなんて。」

明らかに言いにくそうに目を泳がせる柚有に、ロアが追い討ちをかける。

「それではクラウド様に、ユウ様は1日目で大分お疲れになってしまったようなので
 もう少し手加減して下さるようとお伝えしておきましょう。」

・・・不本意だ。自分から言い出したけれど、いざ他人の口からいかにも自分が
根性がないように言われるのはとても不本意なことに思えた。

柚有の負けず嫌いな性格に火がついた。

「そんなことないです!!あ、私ちょっとどうかしてました。今も少し休んだらすっかり
 回復したし。クラウさんに鍛えてもらえるなんて光栄ですよねー。」

ロアはしてやったりという笑顔をこっそりと浮かべる。

「そうですか?やはりゼーダの力を受け継がれた方は違いますね。
 明日からも頑張ってくださいね。
 ・・・では、夕食のお時間までゆっくりとお体を休めてください。」

ロアが礼をして部屋からでていくと、ユウは深いため息をついた。

――なんか上手く丸め込まれたような気がする・・・。







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