09.守るべきもの




「クラウド、ユウに力の解放の仕方を教えるというのは
 あまり賢明な考えではないですね。」

柚有がいることで久しぶりに兄弟そろって食事をした後、
柚有が自室に帰ったのを見届けたセラウドは、食事中のクラウドの
提案について感じたことを切り出した。
クラウドは、明日からユウに力の解放の仕方を教えることを約束していたのだ。

「そうですか?私はそう悪い考えとも思いませんが。ユウが異世界からやってきた
 となればその噂は良くも悪くもたちまち広がるでしょう。
 宮殿にいるといっても、彼女に向けられるのがただの興味だけであるとは限らない。
 彼女がここにいる期間は限られているといっても決して短いとはいえない時間・・・。
 自分の身を守るためにも、この世界のことを知るためにも鍛錬をするのはむしろ都合がよいかと。」

突然改まった口調で話し出したクラウドが、
セラウドの忠告を聞き入れるつもりがないのは明らかなようだ。

「しかし、クラウドも気づいているでしょう。
 ユウが力を手に入れたということが何を意味するのか。」

確かめるように弟と目を合わせたセラウドは、その瞳に肯定の色をみた。
ユウがゼーダを目覚めさせ、その力を受け継いだ。
何故ユウだったのか、それはセラウドにもわからない。
しかしその白い光を開放してしまえば、果たさなければならない役目をユウは背負うことになる。
それは、異世界からきた少女にはあまりにも重すぎる役目だ。

伝説のように時をこえ語り継がれてきたそれを、セラウドは思い起こしていた。

何千年も昔ゼーダ国が出来る以前、
紫の光のみを崇める闇の者達が非道な殺戮を繰り返し、全土を支配しようとしていた。
闇の力をもたない者に対してはその存在すら否定し、根こそぎ絶やそうとしていた彼らの
頂点にたったのはゴージュという非常に強大な闇の力をもった男だった。
それに立ち向かったのが、白、赤、青の魔力を持つ者の中で最強と謳われた
3人の戦士であり、その白の戦士こそがゼーダである。

そしてこの世界の者ならば知らぬ者はいない、ゼーダ達とゴージュの最後の決戦。
その戦いに勝利したからこそ、今日のゼーダ国がある。

ただ、闇の力は完全に消滅したわけではなかった。
支配者ゴージュを失った闇に属する者達はたちまちその勢力を弱め、
その中でも死ぬに死ねぬ者たちは王となったゼーダに救いを求めた。
心広きゼーダは魔物達との関わりを絶つことを条件に、闇の力、紫の光の存在を認めたのだ。
そして時は流れ、ゼーダの時代は驚くほど平和に過ぎていった。
しかしゼーダは死の間際、自身の魂を地上に留め、
その力を封印することで何千年も先の未来まで保存し、より高めていくことを決断した。
天上での魂の安らかな眠りと引き換えに、彼は王として国を守り続けることを選んだのだ。
それも、他でもない彼自身がその存在を認めた闇の力を、
最後まで信頼できなかったからとされている。
ゼーダは、いつかあの者達の中で再びゴージュのようなものが現れ
惨劇を繰り返すことを何よりも恐れていた。
それを阻止するために、肉体を亡くしてもなおゼーダはあの白の神殿で力を高め続けてきたのだ。

その眠りが覚まされ、力は受け継がれた。
悪しき力が目覚めるのをゼーダは感じたのかもしれない。

「ユウを巻き込みたくないとお考えですか?」

考えに耽っていたセラウドに、クラウドが低い声で問いかける。

「関わるべきではないのです。ユウは、異世界から来た者。」

セラウドの言葉を聞くや否や、クラウドは乾いた笑い声をたてた。

「兄上、もう遅いのです。ユウは力を手にしてしまった。今更手放せるものでもない。
 ゼーダの伝説が本当ならば、近い将来、闇の力との衝突がおきる。
 どうしても、あの少女の力が必要です。」

「それが・・・本音ですか。」

「兄上とて、この国が闇に支配されるのを黙って見ているわけにはいかないでしょう?
 今では神とも崇められる初代王ゼーダが犯したたった一つの過ち、
 それこそが今もまだ闇の力が存在しているという事実に他ならない。
 今度こそ、ユウが受け継いだ力を使って闇の力をこの世界から消し去るのです。」

――この国の平和が保たれるのならば、異世界からきた一人の少女などどうなっても構わない。

クラウドは、暗にそう言ったのだ。
彼は髪の色、容姿だけでなく、その考え方も父王に酷似していた。
国内においては賢明な統率者である父王は、
申し分のない王として民から厚く信頼されている。
しかし自国の安定と利益だけを真っ先に考え立ち振る舞うあまり、
他国や王国のはずれ者になった者達には傲慢な独裁者とさえ思われているのだ。


目の前でセラウドをじっと見つめる漆黒の瞳は、父王と寸分違わない自信に満ちた光を宿していた。








少しでもこの世界のことを知ろうと、セラウド達を質問攻めにしながら食事をした後、
柚有は一人自室に戻った。
バルコニーにでて、ふと空を眺めた柚有はそこに驚くべきものを発見した。

 「何あれ・・・。」

月があるものだとばかり思い込んで見上げた空には
形こそ三日月のそれなのだが、紫色の光を放つものが浮かんでいた。
そういえば、セラウドは自分が帰れるのはルーンが丸く満ちた時、と言っていた気がする。
あの時は、月のことをこちらではそう呼ぶのだろうとあえてこだわらなかったが
ルーンというのは月とは別物の今見上げている・・・天体(なのだろうか?)の名前らしい。
見つめれば見つめるほど吸い込まれるような不思議な光の色に
柚有はゼーダの瞳の色を思い出した。
 
ゼーダの力。白い光。
それを柚有は手に入れたというのだ。

――けれど、何故ゼーダは何千年も自身の力を封印し、
  その上封印を解く者にその力まで与えようとしたのか?

セラウド達は、力の説明はしてくれたが、それが何をするために自分にもたらされたかに
ついては詳しく話してくれなかった。
まるでその話題に触れるのを避けているかのように巧みに話を違う方向へやってしまうのだ。
少しの違和感を感じたが、自分が望めば明日から力の解放の仕方を教えてくれるという
クラウドの言葉にその違和感もすぐに吹き飛ばされていた。
2人の話では、魔力というものは潜在的に宿っているものだそうだが
その力を思い通りに使いこなせるようになるには精神的にも、肉体的にも鍛錬が必要らしい。
それは易しいものではないとセラウドから忠告を受けたが
難しいことにあえて挑戦するのは嫌いではない。


手に入れた力を解放することで、後に自分がこの国の運命を左右する存在になろうとは
この時の柚有には、思いもよらないことだった。





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