春、降る花のやさしさに





――桜の季節、ここに来るたび想い出すのはあの人とのこと。





「行かないでとか、言わないんだ?」

「言ったら何か変わるの?」

「・・・相変わらずだ。」

「うん。」

「どうしようか。」

「さよなら、だね。」



「最後に抱きしめていい?」

俯いたその姿勢のまま、強引に腕の中へ引き込まれ
息苦しさから逃れるように、彼の肩口に左耳をつけ顔を横にむけた。

そうやって髪を撫でられながら、頭の上で囁かれ続ける言葉に
どうしたって涙が浮かぶ。

「ごめん、ごめんな。」

何度も、何度も。
そのたびに必死で体が震えるのを抑えるこっちの身にもなってほしい。
泣いていると、知られたくない。



ああ、どうしてだろう。

どうしてあなたが遠くに行っても私達なら大丈夫と、言えないんだろう。言ってくれないんだろう。

どうして私は、はじめる前に終わろうとしているんだろう。

まだなにも、わからないのに。

待っていてとも、待っているとも、言えずに。



そっと手を緩めて私から離れた彼は、やっぱり困ったように苦笑した。

「なんで泣くの?」

答えは言ってはいけないから、その問いは笑って受け止める。

「行こっか。」

かわりに2人の定番の散歩コースとは逆、駅にでる道を指差した。



静かに私に背を向けて、あなたがさきに歩き出す。


ふっきったようなその背中を背景に、舞い落ちた薄紅の花びらが鮮やかだった。











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